約 1,077,073 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1893.html
私の使い魔はボロボロだった。 当たり前だ。ギーシュの『ワルキューレ』七体相手に、刃物一つで立ち回るだなんて冗談が過ぎる。 それでも彼は闘った。 脇腹や両腕から血を滲ませ、右脚を腫らし、けれどそんな事は気にもならないと言わんばかりに。 闘う彼は、まるで『今までずっとそうしてきた』程に自然だった。 闘いの中に日常を見出すような表情は、召喚した日に見た覇気の無い顔とも、私を拒否して逃げ回る態度とも全く違って 私は彼が判らなくなる。 イルーゾォは健闘虚しく、傷だらけで広場の中央に倒れ伏す。それを見て涙が零れた。 彼が見ておけと言ったのは、『死んでも屈さない』、とそういう事だったのだろうか? 対照的に無傷のギーシュが彼を笑った。彼のただ一つの武器を取り上げて、非を認め詫びろというのだ。 イルーゾォは当然のようにそれを断る。 彼の堅い意志を、ギーシュは再度笑う。この後なんか、見なくったってわかった。イルーゾォが音を上げるまで、一方的にいたぶるのだろう。 観衆の殆どがそれを望んでいるから。 イルーゾォの言う『貴族様』は、彼が命を賭した決闘すら、ショーと同じものだと思っている。 傷だらけの『平民』に同情するものは、数える程も居なかった。 イルーゾォ、もう謝って。ギーシュもこいつを許してやって! そう叫びたかったのに(隣りでキュルケが、同じような事を既に叫んでいた)喉が上手く動かない。 観客が大きくざわめく――――涙でよく見えないが、ワルキューレが何かしたに違いない―――― 涙を拭って前を見て、驚愕した。 ギーシュが、完全に消失して居たのだ。ワルキューレ達が主人を失って崩れ落ちる・・・・ 「ギーシュッ?!」 モンモランシーの悲鳴を背に受けて、私は走り出していた。 『死んでも屈さない』なんかじゃない。 『死なないし屈さない』――――私の使い魔は、誰よりも『自分が生きる事』に真剣だった。 オレはもう満足に働かない頭で、『鏡』になった小さなかけらを見つめていた。 オレの背後に映り込んだ糞ガキは、怯えた表情で辺りを見回す。 鏡の中は『死の世界』だ。生物も風も温度も無い死んだ世界に、慣れないものは誰だって震える。 その糞ガキを、オレと同じだけ血塗れの『マン・イン・ザ・ミラー』が背後からぶん殴った。 ガキは突然の衝撃に悲鳴を上げ(たようだった)逃げ出した。それを更に追いかけ、蹴りつける・・・・ スタンドも武器も取り上げられ、戦況は一転してオレのワンサイドゲームだ。――――『いつも通りの』。 オレは何をやっているんだろうと思った。 さっきまで『一人でこの試練を乗り越える』と燃えていたってのに、結局全部スタンド任せだ・・・・ バカらしくなって、折れた右脚の分だけ(我慢ならない痛みだ)適当に苛めてやってから、鏡の外に放り出す。 (あっという間に俺に劣らずボロ雑巾になった糞ガキは、泣きながら小さな声で謝罪を繰り返していた。) やっぱりオレは『マン・イン・ザ・ミラー』の能力無しじゃあ何にも出来ないんだな。 いつに無くマジに闘っても、『鏡』がなけりゃあガキにも負ける―――― 情けなくって泣けて来た。人を殺せない『暗殺者』なんてとんだ笑い種で、守る『誇り』も『信念』も途端に安っぽくなった気がした。 意識が落ちる寸前に、ルイズか駆け寄ってくるのが見えた。 「大丈夫?!」なんて聞いて来るのがおかしくて、口角を吊り上げる。大丈夫そうに見えるかよ? そして意識を手放した。 ぴくりとも動かなくなった使い魔を見て肝が冷える。し、死んじゃったの?嘘よ・・・ 恐る恐るイルーゾォを覗き込むと、血塗れの腹の辺りが小さく上下していた。まだ息が―――― 「『レビテーション』!重傷だけど、まだ死んでないわッ!タバサ、治癒魔法出来る?!」 ・・・キュルケ?あのう、何処でお知り合いに? 「全部はとても無理。」 「医務室に運ぶから、応急処置で構わないッ」 何だか知らないがテキパキと指示を出すキュルケに、私の使い魔は取り上げられる。 ・・・・まあしょうがないわ。イルーゾォは助けなきゃいけないし、あたしレビテーション使えないし。 そういう事なら礼を言おうと「あり・・・・」まで言ったところで、イルーゾォの身体が勢いよく目の前をスッ飛んで行った。 勿論私は無視で。 「あり・・・・あり・・・・アリーヴェデルチ。」 ベタに誤魔化したところで、知らない声が再び耳を劈く。 「イルーゾォさあんっ!嫌です、死んじゃうなんてそんな!」 「貴女!医務室のベッドをすぐに使えるようにして。後、氷やタオルの準備お願い!」 「は、はい!」 ・・・・メイド?あのう、一体どなたですか? 「助かりますよね・・・・イルーゾォさん・・・・!」 もしもしすみませんけど。 貴女とキュルケ、『なんで』意気投合してるの? あのう、そのう、わたし。そこに混ざれない雰囲気かしら・・・・? やっと私が自分の使い魔に会えたのは、あいつが医務室に詰め込まれて5時間もたった頃だった。 その辺に転がっている水属性のメイジを、キュルケが半分脅すみたいに集めて(それでもモンモランシーは断固拒否した) 医務室につくまでに殆ど流血は無くなり、校医の先生はその迅速な対応に甚く感激していた。 それでも骨折やら臓器の内出血やらで酷い怪我らしく、(「面会謝絶よ!」と何故かキュルケが言った)あいつの意識が戻ったのは一時間前。 それを聞きつけたあたしがやってきて・・・・ 「本当に怖かった・・・・私てっきり、イルーゾォさんが死んじゃうかと・・・・!」 「な、な、泣くなよっ」 ベッドサイドでさめざめと泣くメイドに途方にくれ、行き場をなくした手が零れる涙を掬おうとしたあたりで 私の聞こえよがしな咳払いに気づいた二人はぱっと離れた。死んじゃえば良かったんだこんなやつ。 「お邪魔だったら出て行くけど」 「いえっ、と、と、とんでもございません・・・・!」 真っ赤になって飛び出していくメイドを目で追って、何だか凄くやるせない気分になった。 何この、迷子になった飼い犬をやっと見つけたと思ったら、慎ましくも幸せそうなご家庭で『クロ』と呼ばれて可愛がられていたような気分は。 「お邪魔虫」 「五月蝿い!何時からそんなご身分になったってのよ!」 「ま、まだ言うのか!」 イルーゾォは久方ぶりに対面したと思ったら、警戒心をむき出しにこっちを見る。 少しばかり目を離した隙にすっかり『貴族不信』になってしまったようで(その辺は、あの戦いを見た後なら納得できるけれど) とても私達の関係は、『主人』と『使い魔』とは言えなかった。 「まあ・・・・ね、命に別状が無くって、良かったんじゃない?」 「『おかげさまで』」 「皮肉屋!」 「お邪魔m」 「五月蝿い!ああもう、話が先に進まないじゃない!私が対等に話してあげようって言ってるのにィッ!」 バンドエイド越しに頬っぺたを抓ったら、下に切り傷があったみたいで大げさに痛がられる。 なんでかなあ。なんでこんなになっちゃったのかなあ。もっと従順だったり、かっこよかったり、頼りがいがある使い魔が良かったのになあ。 「ここの医療はピカ一だから。もう一度寝て、起きた頃には全快だって。」 「嫌に早くないか?『そういう能力』の奴が居るのか?」 「ずいぶん持って回った言い方をするじゃない。まあ、そうね。水属性・医療魔術のエキスパートが控えてるわ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 イルーゾォが、警戒も何もあったもんじゃない間抜け面でこっちを見てる。 「は、は?じゃないわよ。魔法よ魔法。それしかないじゃない! 貴方を召喚して、モノを浮かせて、青銅像も作り出した。・・・・貴方だって何か魔法を使ったでしょ。」 確かに見た。ギーシュが身体を虚空に飲み込まれるように消えて、再び現れた時にはくちゃくちゃだった、 私は見たこともないあの魔法。平民なのに、何であんなことが―――― イルーゾォはたっぷり間を空けた後、これ以上ないってくらい眉根を寄せてこういった。 「イカレてんのか?」 私の正拳突きがクリーンヒットして、イルーゾォは『もう一度寝』たっきり、丸半日意識が戻らなかった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1218.html
空に輝く二つの月が一本の木を照らし出している 木には一本の剣がロープで吊り下げられていた 「おーい、降ろせー」 剣が喋っている、彼(?)は魔法によって知性を得た剣‐インテリジェンスソードで銘をデルフリンガーという 何故学院の裏庭で木に吊り下げられているかというと、ルイズが鉄をも切り裂くという剣の試し切りがしたいと言い始めた為だ 昼間の武器屋での騒動の後、ルイズは店主に「貴族の使い魔を殺すなんて…」だの「事が公になれば縛り首ね…」だの 様々な文句で脅し付け、店主の持ってきた数々の剣をロハでせしめていた (ルイズが出て行く時、店主は涙目で今にも倒れそうだった、今頃枝振りのいい木でも探しているかもしれない) 「って訳だから、はい、ちょっとぶった切ってみなさい」 ルイズはデルフリンガーを指しながらディアボロに剣を渡す 「うるせー、なにがちょっとぶった切ってみなさいだ、ぶった切られた様な胸しやがって」 デルフリンガーの言葉に額に血管を浮かせながら、周りに置いていた剣を木の方に向かって投げつける 「あっごめんなさい、いや、ちょっと、やめて」 「呪うなら、その口の悪さを呪うがいいわ」 親指を下に向けて拳を振り下ろしディアボロを促す これが本当に鉄をも切り裂くというのならデルフリンガーの運命は風前の灯だが、 適当に振るわれた剣は甲高い音と共に弾かれた 「へへーん、このデルフリンガー様はな、そんななまくらに切られる様なやわな体はしてねえってんだ」 振り子の様に戻ってくるデルフリンガーをディアボロは手で止める これで急に足が動かなくなってとか何かに気をとられている内に後ろから突き刺さると言う事は無い 不意に月が翳った ディアボロが振り返ると全高30メートルはあろうかという巨大なゴーレムがこちらに迫って来ている あれが月の光を遮ったのだ 「おい、危ねえぞ」 デルフリンガーが警告を発する 確かにこのままでは踏み潰されかねない ルイズはとうに離れて此方に向かって剣を回収しろと叫んでいる 急いでこの場を離れようとした時、いつの間にか足元に転がっていた妙な形の石に足を取られ転んでしまった 倒れた後に見えたのは巨大な足の裏だった ■今回のボスの死因 巨大なゴーレムに踏み潰されて圧死 ■おまけのデルフリンガー ボスと一緒に踏まれた時にへし折れて死亡?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1307.html
ヴェストリの広場に通じる道を少し逸れた場所に、いつ誰が作ったのかも知れない小さな花壇が存在した。 猫の額ほどに小さなその花壇は、元々人通りの少ない場所に作られた事もあって荒れ放題となっていた。 だが、その場所をある日一人の女性が偶然発見し、その女性の手により忘れ去られ荒れ果てていた花壇が 今では小さな可愛らしい花が人目を忍ぶようにひっそりと咲き、その女性の眼を楽しませていた。 「みんなは元気でやってるかねえ…」 貴族の屋敷ばかりを狙いその盗みの手口から『土くれ』のフーケと巷で騒がれている怪盗は、疲れた表情で 小さな花に囁きかける。 学院に眠る宝物を盗む為にオールド・オスマンに近づいて上手くこの学院に潜入したまでは良かったが、 オスマンのセクハラや日々の雑務で疲れ果てていた。 先日の使い魔暴走事件で眠りの鐘を使う様にオスマンに進言し、破壊の杖と呼ばれる強力なマジックアイテムや 吸血鬼が書いたとされる書物などお宝がわんさか眠る宝物庫に入ろうと試みたが、結局許可は出されなかった。 今のところ収穫ゼロである。 「アンタたちもこんな所でよく咲けるねえ…」 学院への潜入に成功し敷地内を調べていて偶然発見したこの場所は、今では彼女の乾き荒んだ心を潤わせる 唯一の憩いの場所となっていた。 時折彼女はここを訪れ、花壇を手入れしたり花に話しかけたりする事でその疲れた心を癒していた。 「アンタにも外の世界を見せてやりたいけど…無理だろうねえ」 森の奥でひっそりと暮らす少女を思い一人呟く。いつしか彼女は自分の世界に入り込み現実から逃避する。 「ギーシュと平民が決闘するぞー!!」 「彼女持ちとギーシュのファンは絶対入れるな!」 幸せだった頃の思い出に浸っていた彼女を、生徒たちの無慈悲な声が現実に引き戻す。 「まったく、暇な連中だよ」 溜息を吐き、無駄と知りつつもオスマンに知らせる為にミス・ロングビルは重たい足取りで花壇を後にした。 背後から響き渡る喧騒に耳を塞ぎながら、ミス・ロングビルがとぼとぼと歩いていると、その横を一人の少女が 憤怒の形相を浮かべマントを靡かせながら風の如く走り去っていった。 「あれは…ミス・ヴァリエール?」 決闘がそんなに見たいのかと考えたが、彼女の使い魔が平民だった事を思い出して納得した。 ギーシュと決闘をする相手も平民だ。おそらくは彼女に無断でそんな事になったので怒っているのだろう。 如何でも良いと思い歩みを進めると、今度はメイドと生徒が叫びながら何かを蹴っている場面に出くわした。 「このエロオヤジ!エロオヤジ!エロオヤジ!」 「僕だって触ってないのに!ないのに!ないのに!」 「ちょっと二人とも止めてッ!このままじゃ死んじゃうわよ!!」 ミス・ロングビルが気になって近づいてみると、マリコルヌとその使い魔の少女が地面に転がったボロ切れを蹴り、 モンモランシーが必死に二人を止めていた。 しかし、そのボロ切れを良く見ると手足が生えていた。人の様だが誰だか解らないほどボロボロになっていた。 「やめろお前たち!私を誰だとゲブァッ」 ミス・ロングビルは声を聞いてやっと判った。蹴られていた人物は王宮から査察に来ているモット伯だった。 「ちょっと!貴方たち止めなさい!!」 だが止まらない。荒れ馬の如くキレて殺さんばかりに蹴りを入れる。 モット伯は『波濤』の二つ名を持つトライアングル・メイジだが、杖も出せずにドットと平民にタコ殴りにされていた。 「止めなさいって言ってるでしょッ!!」 ミス・ロングビルは花壇の手入れに使うスコップを二人の頭にブッ込み、なんとか動きを止める。 モンモランシーは頭から血を流し気絶した二人を見て涙目になりながら治療を行なった。 「それで、何があったんですか?」 気絶したマリコルヌとその使い魔を放置してモンモランシーに事情を聞いてみると、三人でヴェストリの広場へ 歩いていると、モット伯に出くわしメイド服を着た使い魔の少女、トリッシュに学院長室まで案内しろと命令して 止める間もなくお尻を触り、それにブチキレたトリッシュとマリコルヌがボコボコにしたのだという。 常にオスマンのセクハラを受けているので、ミス・ロングビルにはその気持ちが良く判った。 しかし、同情はするが流石にこれは庇いきれない。オスマンならまだ許されるだろうが、王宮の使者である モット伯にこの様な振る舞いが許される筈が無い。 それにこのモット伯にはヤバイ話が裏の世界で幾つも流れていた。 最近平民の間で蔓延している『グリーン・ディ』と『オアシス』と言う名の二つの麻薬をこの男が流していて、 それで得た巨万の富で誘拐された貴族や平民の少女たちを買い漁っているという噂だ。 これは噂でしかないが、裏の世界でそんな噂が流れる事それ自体がこの男の危険性を物語っていた。 「あの…私、モット伯を医務室まで運びますので、その二人をお願いします」 「え?あ!ちょっとお待ちなさい!!」 ミス・ロングビルは慌てて止めるが、その静止を聞かずモンモランシーはモット伯をレビテーションで浮かして 逃げる様に目の前から走り去ってしまった。 「はぁ…何でこんな事になっちまうのかねえ」 ミス・ロングビルは溜息を吐き、その溜息の分だけ幸せが逃げていくのを感じた。 気絶していたトリッシュとマリコルヌを起こし、事態を把握していない二人に対し少し説教をした後に 真っ青になっているマリコルヌを何とかすると安心させてミス・ロングビルは学院長室に向かった。 その途中でモンモランシーと出会い、モット伯の容態を尋ね軽傷と聞いてホッとする。 ギーシュの決闘を見る為に急ぐモンモランシーとそこで別れ学院長室を目指した。 「失礼します」 学院長室に入るとオスマンとコルベールが何やら話し合っていたが、ミス・ロングビルに気付いて話を打ち切る。 「では、私はこれで」 「うむ。くれぐれも内密にな」 コルベールがオスマンに会釈し学院長室を後にしたのを見送りオスマンの前に歩み出る。 「おお、ミス・ロングビル。胸とか凝っとらんかの?マッサージ得意なんじゃが」 「オールド・オスマン。スコップをブッ込まれるのと農薬をお茶に混ぜられるの、どちらがお好みですか?」 「じょ~だんじゃよ。で、なんじゃ?決闘ならもう終わっとるぞ」 「ご存知なら結構です。それからもう一つ御報告することがあります」 マリコルヌとトリッシュのモット伯に対する暴行事件を聞き、流石のオスマンでもマズイと感じたのか ミス・ロングビルに医務室まで同行する様に命じた。 「わたしはかいだんからおちました。これはじこです」 医務室に着き、既に眼を覚ましていたモット伯にオスマンが詫びの言葉をかけると呆けた様に答え、 また眠ってしまった。 「事故と言っとるが?」 「そ…そんな事はありません!私は確かにこの眼で見ました!!」 モット伯が蹴られている現場を見たからこそ、ミス・ロングビルはオスマンに報告したのだ。 だが、被害者であるモット伯が階段から落ちたと嘘を吐く。それに様子もおかしい何故棒読みなのだ? そこで、ミス・ロングビルは気付いた。ここまでモット伯を運んだのはモンモランシーだ。 彼女は水のライン・メイジで『香水』の二つ名を持つ。彼女がモット伯に何かをしたとしか考えられない。 「ま、本人もこう言っとる訳じゃし。この件はお終いにしてええじゃろ」 「お言葉ですがオールド・オスマン。相手は王宮の使者です、このままでは……」 「ミス・ロングビル。花に掛ける優しさを少しばかり生徒に分けてくれんかの?」 オスマンの言葉にミス・ロングビルは頷く。確かに生徒の事を思うならこれで終わりにした方が良いだろう。 オスマンに対する進言もあくまで秘書としての役割の内であり、仕事を果たしたまでだ。 それに彼女はモット伯の様な貴族が大嫌いだった。 これで全て終わりなのだと思ったが、オスマンは一つとんでもない事を言った。 それは彼女にとってこの事件より重要な事だった。 「オールド・オスマン。今、何と仰いました?」 「花じゃよ。育てとるんじゃろ?しかし、花に愚痴を言う位ならワシがいつでも聞いてやるのにのう」 おどけながら近づいてお尻を触ろうとするオスマンにスコップをブッ込み、ミスロングビルは泣いた。 この学園で彼女にとって唯一の楽園は、今、この瞬間崩壊したのだ。 「じゃあの、ワシ行くから。今日はもう休んで貰ってええよ」 泣き崩れるミス・ロングビルを見てマズイと思ったのか、オスマンはそそくさと医務室を出ようとする。 しかし、思いついた様にミス・ロングビルに声を掛けた。 「フーケちゃんや、破壊の杖とアリャーキの書物以外は何でも持ってってええから。ワシ、大目に見ちゃう」 オスマンは最後にそう言い残し医務室を出た。しかし、泣き崩れる彼女にその言葉は届かなかった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2001.html
サーレーの母の病気の原因は肺ガン。 治療にはSPW財団のガンの発育を抑える薬が要る。 それには莫大な金とSPWに顔利きが出来るぐらいの地位が無ければ買えなかった。 その薬が手に入るまで、サーレーの固定化で症状の悪化を防いでいた。 しかし、現在サーレーと母親との距離は遠い。 固定化の効果が切れるまで後大体3日。 この間に帰る必要が有った。 第三話 「使い魔サーレーと黒髪メイド」 ルイズ日記 ●月▼日 あ、有りのままに起こったことを書くわ! 今日私の召喚した使い魔なんだけど、最初逃げたり、生徒たちの総攻撃を止めまくったり すごいと思わせるようなことをやりまくったのに故郷に帰れないと知ってイキナリ取り乱したりとんでもなく凄かった! 何を言っているかわからないと思うけど、先住魔法や家庭の危機とかチャチな物では断じてないわ!!もっと凄い物の片鱗を味あったわ。 なんかお母さんが何とかって言ってたわね・・・。 わめき疲れて今は寝てるけど、こいつに何があってどんな理由で逃げようとしていたのかは聞くのは明日になりそう・・・。 俺は何をしていたんだろう。何か疲れて寝ていたんだけど。 て、床アア阿亜阿亜嗚呼!? ・・・大して驚くような事でもなかった。 それにしても此処は一体何処なんだ? サーレーはすっかり昨日起こったことを忘れていた・・・訳ではなかった。 「ああ、俺。あのクソ生意気な小娘に何かよびだされたんだったっけ。」 サーレーは身の回りの状況を把握する。 中々外装が豪華な部屋だ。 辺りの目ぼしい物を漁ってみることにした。 もしかしたらこの場所がどこか分かるかもしれない。 サーレーはルイズの寝ているベッドに近ずく。そして眠りこけているルイズの顔をそっと覗いた。 ネクリジェ姿でかわいらしい寝顔のルイズを見ていると幼いころの妹を思い出す。 「この寝顔だけ見てれば可愛いんだがな・・・。」 昨日のルイズの高飛車っぷリを思い出してみる。 やべえ、何かやる気萎えてくる。 ああいう高飛車な女、好きじゃねえんだよなー。 サーレーはそう思いながら身の回りを漁るのを再開する。 机の上に何やら本が見えた。ちょっと読んでみよう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「なにこれェ!!こんな言語見たことも聞いたことも無いぞ!!」 でも、イタリア語通じてたよな・・・。 サーレーの頭に疑問が浮かぶ。 昨日まで言語は問題なく通じていた。多分、今でも通じるだろう。 しかし何か頭の奥底に違和感が残る。 この国は一体どこなのか。母にかけている固定化が自分のスタンドと繋がっている感じがしない。 ・・・・ 只考えていては仕方ない。何かしなければ。 サーレーには考えている余裕は無い。彼には帰るべき家と守るべき家族がいる。 こんな所で立ち止まっている場合じゃない。 サーレーは今度はクローゼットを開いて物色を開始する。 「・・・服ばっかりだな。」 しばらく物色していると何やら黒いひも状の布製品が見つかった。 「何だ、コリャ?」 この余計な発見でサーレーは後に地獄を味わうことになる。 「ふああ・・・。」 サーレーが起きてグッと伸びをするルイズに近ずいていく。 「よう。起きたか。」 サーレーがルイズの顔を覗く。 まだ眼がトロンとしていて眠そうだ。 「もしもーし・・・。」 返事なし。 今度は耳元で声をかけてみる。 「もしもーし。ボン・ジョルノ!!(おはようございます)」 反応なし。 しかたない・・・最終手段発動まで3!2!1! 「こんの・・・ぺちゃパイがアアアアア!!さっさとおきやが「誰がぺちゃパイじゃあああ!!」」 ・・・首の曲がる嫌な音がした。 「いてえ・・・。」 ルイズの回転膝回し蹴りで首が90度回転して変な方向に曲がった。 「だれがぺちゃパイよ!!この蜘蛛頭!!」 「誰が蜘蛛頭だ!!このチンくしゃ!!」 まさに売り言葉に買い言葉!馬鹿と傲慢、二大関わりたくない人種の共演! これぞまさに究極のシンフォニー(究極的に駄目な意味で。)!! とまあ、こんな感じで口喧嘩は進行していたのだが・・・・・。 ここに一人、乱入者が現れる。 「ちょっと!うるさいわよ、ヴァリエール!!」 そう!この状況で一番被害を受けているであろうキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーである!! 「な、何よ!ツェルプストー!勝手に入ってこないで!!」 「あんたらがウルサイから文句言いに来たんでしょう!!まったく・・・朝っぱらから何やってんのよ・・・。」 そこまで言うとキュルケは次にサーレーを一瞥した。 (昨日はトンデモナイ化け物に思えたけれど・・・案外人間味の有る奴なのね。) あのネボスケを起こしてやるなんて、案外いい奴なのかも・・・。結構イイ男だし・・・。 実は手がかりが見つからずルイズに直接聞こうとしていたという事は本人は知る由も無い。 「分かったわね!今度うるさくしたら、只じゃ置かないから!」 「うるさいわね!!わかったわよ!!」 ルイズがそういうか言わないかの間にキュルケはルイズの部屋を出て行った。 「あんた!たとえあんたがメイジだとしても人の悪口を耳元で叫ぶなんてどういう神経してんの!!」 ルイズが随分怒ってサーレーに怒鳴る。 「ああ、もう悪い。悪う御座いました。」 サーレーはそれを聞き流した。なにやら言い争っているのが馬鹿らしくなってきたのだ。 言い争いはこれぐらいで切り上げ、ようやく本題に入る。 「なあ、ルイズ。お前、前にここから俺が帰りたいと言った時無理だと言ったよな?一体なんでなんだ?」 「だって使い魔は主人を守る・・・。」「いや・・・その話は昨日の腐るほど聞いた・・・。」 そう・・・。」 ルイズはそこまで言うとチラリと自分の部屋の時計を確認する。 「時間が無いわね・・・。ねえ、あんた。洗濯言ってきてよ。」 「はあ!?何で俺が行かなきゃならないんだ!?」 ルイズがサーレーをジロリと睨む。 「あんたの仕事は私を守ることだけど何も無いときは何をするの?で、考えたんだけどしばらくは家事をやってもらいたいのよ。あんたは聞くところ魔法は使えるけど貴族じゃ無さそうだしね。」 サーレーは呆れてしばらくポカーンとしていた。 何せ自分の着た服や下着を初対面の人間、しかも男に洗えという。 デリカシーの無いにもほどがある。 「年頃の娘の言うことじゃないだろう・・・。」 「なんか言った?」 サーレーは肩をすくめた。 (まあ、暫くはここで世話になるんだからこの位やるか・・・。こんなチンクシャの下着なんか洗ってもやる気と希望もムンムン沸いて来ないんだよな!!・・・多分。) ほんの少しチョッとした邪念が入っているサーレーなのであった。 このサーレー、完璧に当初の計画を忘れている。 「はああ、っと。ここで洗濯すればいいとか言ってたな・・・。」 サーレーは巨大な洗濯物の山を持って水汲み場まで来ていた。 そこでサーレーは一つ重大なことに気が付く。 「あ、洗濯板と洗剤忘れた・・・。」 だめジャン俺!! な、状態のサーレーの視界に一人のメイド服の少女が飛び込んできた。 普段なら気にしないその少女も今のサーレーにとっては救いの神だった。 なぜなら彼女は洗濯をしていたのだ!! 洗濯板と石鹸を持って!! そして、サーレーは彼女から借りれば態々あの鬼ガキのところまで返らずに済む!! 横顔も可愛かったし、もしかしたら・・・・。うへへへへへへ・・・・。 邪念たっぷりなサーレーはメイド服の少女に近ずいていった。 「あのーすんません・・・。」 「きゃっ!」 少女が驚いて飛びのく。 「あ、すんません。ちょっと洗濯板と石鹸貸して貰っていいですかね?いやー最近来たもんでどこに何があんのか分からなくて・・。」 あ、この子。横顔もだけど正面も可愛い!! 「あ、貴方がミス・ヴァリエールに召喚された人ですね?」 「あれ、俺そんなに有名になってんの!?」 「ハイ。何でも奇妙な術でメイジの貴族の方々を相手に大暴れしたとか。」 ヤバイ・・・こんなところで目立っちまった!! 正直スタンド使いが目立つのはご法度だ。 能力を相手に示すことは本人にとって同時に弱点をさらけ出すこと。 まだ、奇妙な術程度の認識だから良い物のばれれば対策を立てられて終わりだ。 この前の戦闘で俺を眼の敵にしている奴は五万といる。 まあ、正直いって自業自得なんだが・・・。 「あのー・・・。どうしました?」 少女が悩んでいるサーレーを心配そうに見た。 「ん、ああ、スマン。洗剤と洗濯板だったよな。」 考えていてもしょうがない・・・。 そういう問題はそのときに考えよう。 サーレーの顔が焦った顔から普通の(堅気の人専用)顔に戻った。 その顔に戻ったのを見て少女は安心したのかニッコリとしてサーレーに顔を向けた。 何やら悪い物が洗い流された気がする。そんな感じの笑顔だった。 「私はシエスタって言います。はじめまして。」 「俺はサーレー。名前は故郷の言葉で塩だ。」 「変な名前ですね。塩って。あ、でも覚えやすくていいかも・・・。」 サーレーはその問いにへへっと笑った。 この二人の出会いが今日、トンデモナイ事件を引き起こすことはまだ誰も知らない・・・。 「ン出よ、シエスタ。」 「はい?何ですか?」 「なんで月が二つあるんだ?」 ・・・・・・・・・・・・・・ 「何イイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」 まだまだサーレーは前途多難なようです・・・・。 ルイズ「ちょっと!私の出番!良いとこないじゃない!!」 今度こそルイズに出番がありますように・・・・。 TO BE CONTINUED
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1460.html
一行はその日の夜中にラ・ロシェールの入口に到着した。 「…彼らは本当に先に行ったのかい?」 ワルドは自慢の使い魔であるグリフォンでも二人に追いつけなかったと思いこみ、ショックを受けて凹んでいた。 「あの…子爵…実は」 それを見たルイズは哀れに思い、ワルドに亀の事を話した。 「…そういう種だったのかい。」 「もしかして怒ってますか…?」 「いや一本取られたな、と思ってね。まさかそんな方法で着いてくるなんて思い付かなかったよ。 とりあえず町で一泊して明日朝一番の舟でアルビオンに向かうことにしよう。」 ワルドは笑いながらそう言い、グリフォンをラ・ロシェールの町に乗り入れた。 「道理で追いつけなかったし、見つかりもしなかったわけだ。なるほど、な」 それと同時刻、ラ・ロシェールの入口の崖の上に多数の傭兵達がいまかいまかと待ち構えていた。 金の酒樽亭で女メイジと仮面を被ったメイジの二人に雇われ、「ラ・ロシェールの入口でグリフォンと馬二頭を襲え」と言われたのだ。 そしてつい先程グリフォンが通過し、何人かが弓を構えた。これに続いて馬二頭が来たら矢を尽きるまで射続けるつもりだった。 と、そこへ仮面メイジが闇の中から音もなく現れた。 「作戦は失敗だ。」 「…はあ?どういう事だ、あんた?まだ馬は来てないぜ。」 「奴らは既に町に入った。次にやるべきことを指示するから全員一旦『金の酒樽』亭に戻れ。異論は許さん。」 そう言うと再び闇の中に姿を消していった。 傭兵達は仮面メイジの言うことが理解出来なかったが、そこは傭兵。ぶつぶつ言いながらも雇い主の彼の言うことに従い、崖を降りて行った。 一行はラ・ロシェールで1番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした。 「宿に入る前に二人に着いたことを伝えないと…」 ルイズはそう言うと亀の鍵を外した。 「二人共、宿に着いたわよ。」 亀の中から断りもなくいきなり引きずり出されたギーシュは恨めしそうにルイズを見て文句を言ったが、ワルドとルイズはギーシュの文句を華麗にスルーして宿に入ろうとした。 その時である。四人の前に一頭の龍が舞い降りた。 ワルドは咄嗟に杖を構えたが、ルイズとギーシュはその背中に乗っていた少女達に驚愕した。 「あんなに急いで何処に行くのかと思ったら、ラ・ロシェールって…アルビオンにでも行くつもりなの?」 「キュ、キュルケ!タバサも!なんでここに!?」 「後をつけてきた。」 パジャマ姿のタバサが本を読みながら短く答えた。 キュルケは驚いたままのルイズとギーシュを無視してワルドににじり寄った。 「お髭が素敵よ。あなた、情熱はご存知?」 ワルドはちらっとキュルケを見つめて左手で押しやった。 「あら?」 「好意は有り難いが、これ以上近づかないでくれたまえ。婚約者が誤解するといけないのでね。」 そう言ってルイズを見つめた。ルイズの頬が赤く染まった。 「なあに?あんたの婚約者だったの?」 キュルケがつまらなさそうに言うと、ルイズの後ろで何か考え事をしていたポルナレフに抱き着いた。 「ほんとはね、ダーリンが心配だったからよ!」 が、ポルナレフは無反応だった。キュルケが抱き着いてきた事を無視して何か別の事を考えていた。 「…つまんない」 キュルケは自分のアプローチに反応しない男二人に軽く失望した。 『女神の杵』亭の一階は酒場となっていて、その造りは貴族を相手にするだけあって豪華だった。テーブルは床と同じ一枚岩から削り出しでピカピカに磨き上げられていた。 ルイズとワルドが『桟橋』へ交渉に行っている間、彼ら以外はそこでくつろいでいた。 ギーシュとキュルケは他愛のない事をしゃべり、タバサは普段と同じく本を読んでいたが、ポルナレフだけ三人から離れてカウンターに座っていた。 「…果たして俺はどうしたらいいんだろうな…」 出されたワインに手をつけず、そう呟いた。 「なんだい相棒?なんか元気無いねえ」 鞘から僅かに出ていたデルフがいつもと同じ軽い口調で言った。 「いや、これから…俺はどんな『道』に進むべきなのかが気になってな…」 「『道』?」 「俺はここに来るまでずっと戦っていたんだ…妹の仇や100年の時を越え蘇った吸血鬼、世に蔓延る邪悪とかとな…」 「へえ。そいつあおでれーた。意外とすげえ人生送ってきたんだな。」 「ああ。だが、そのような『因縁』はこの世界にはない…俺は異邦人だからな。そんな俺がだ、この世界で戦いを続ける義務が、権利があるのか?まだ戦う事に意味があるのか?分からないんだ…全く、な。」 「…難しくて俺にはよくわかんねーけど、なんだい、相棒は戦う事に『理由』を求めてるのかい?」 「そうとも言えるし、違うとも言える。」 「?」 「ひょっとしたら『戦い』自体を俺はもう嫌っているのかもしれない…」 「おいおい、変な事言うんじゃないぜ、相棒。」 「いや、これはまじめな話だ。考えてみれば俺は今まで生きてきた内の半分は戦いや修業に費やしてきた…もう休みたいと考えても変じゃあない程な」 「でも相棒は…」 ポルナレフはデルフを鞘に収めた。 これ以上話したくなかった。ポルナレフは学院を発つ前に、この任務を終えたらもう戦いから身を退こうと考えていた。ルイズには少し悪い気もするが亀だけで使い魔は十分だろうから、自分はただの平民として暮らし帰る方法も自分一人で探そうと決めた。 だがデルフと話していて沸々と何かが沸いてきた。何かは分からなかったが、それは確かに今の自分の心に問いかけてきた。 それが嫌だった。これ以上話せば自分の決心が鈍る…そう思った。 ポルナレフはワインを煽った。酔い潰れて今の話を全て忘れるまで飲み続けようと… 「お客様の気持ち…よく分かりますよ」 店主はそれだけ言って空いたグラスにワインをなみなみと注いだ。 やがてルイズとワルドが帰って来た。 ワルドは席につくと、困ったように言った。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに…」 ルイズが口を尖らせた。 「あたしはアルビオンに行った事無いから分かんないけど、どうして明日は船が出ないの?」 キュルケの方を向いてワルドが答えた。 「明日の夜は月が重なるだろう?『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づく。」 キュルケはふーんと納得したように頷いた。 「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋は取った。」 ワルドは鍵束を机の上に置いた。 「キュルケとタバサは相部屋だ。そしてギーシュとポルナレフが相部屋…って彼は何処だい?」 キュルケがカウンターを指差した。そこにはワインを煽り続けるポルナレフの姿があった。近寄りがたい負のオーラが滲み出ている。 「…まあ、酔い潰れたら店主に運んでもらうよう頼んでおこう。 あと、僕とルイズは同室だ。婚約者だからな。当然だろう?」 「そんな、ダメよ!まだ、私たち結婚してるわけじゃないじゃない!」 しかしワルドは首を振ってルイズを見つめた 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」 貴族相手の宿、『女神の杵』亭で一番上等な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋はかなり立派な造りであった。ベッドを例にとっても、天蓋付きの大きなもので高そうなレースの飾りがついていた テーブルに座るとワルドはワインの栓を抜いて杯に注いだ。それを飲み干す。 「君も腰掛けて一杯やらないか?ルイズ」 ルイズは言われるままにテーブルについた。ワルドがルイズの杯にワインを満たしていく。自分の杯にも注いで、それを掲げた。 「二人に」 ルイズはちょっと俯いて杯をあわせた。かちん、と陶器のグラスが触れ合った。 「姫殿下から預かった手紙はきちんと持っているかい?」 ルイズはポケットの上から預かった封筒を押さえた。一体どんな内容なのか、そしてウェールズから返して欲しいという手紙の内容はなんなのか、ルイズにはなんとなく予想がついていた。 アンエリッタとは幼なじみである。彼女がどういう時にあのような表情をするのか、よく分かっていたからだ。 「…ええ」 「心配なのかい?無事にアルビオンのウェールズ皇太子から姫殿下の手紙を取り返せるのかどうか」 「そうね。心配だわ…」 「大丈夫だよ。きっと上手くいく。なにせ僕がついているんだから」 「そうね、あなたがいればきっと大丈夫よね。あなたは昔からとても頼もしかったもの。で、大事な話って?」 ワルドは遠くを見る目になって言った。 「覚えているかい?あの日の約束…ほら、君のお屋敷の中庭で…」 「あの池に浮かんだ小船?」 ワルドは頷いた。 「君はいつもご両親に怒られた後、あそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫みたいにうずくまって…」 「本当に、もう、ヘンな事ばっかり覚えているのね」 「そりゃ覚えているさ」 ワルドは楽しそうに言った。 「君はいっつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてた」 ルイズは恥ずかしそうに俯いた。 「でも僕はそれはずっと間違いだと思ってた。確かに君は不器用で失敗ばかりしていたけれど…」 「意地悪ね」 ルイズは頬を膨らませた。 「違うんだルイズ。君は失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラ…さっきの使い魔君みたいなんじゃなくて…何て言うかな、魅力、みたいなものを放っていた。 それは君が他人には無い特別な力を持っているからさ。僕だって並のメイジじゃ無い。だからそれが分かる」 「まさか…」 「まさかじゃない。例えば、そう、君の使い魔…人間の方しか見えなかったけど、彼のはただのルーンじゃない。伝説の使い魔の印さ」 「伝説の使い魔の印?」 「そうさ。あれは『ガンダールヴ』の印だ。始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔さ」 ワルドの目が光った。 「ガンダールヴ?」 「そう。君も知ってるだろう?誰もが持てる使い魔じゃない。しかも亀まで呼び出した…つまり君はそれだけ力を持ったメイジなんだよ」 「信じられないわ」 「君はただ自分の力に気付いていないだけだ。きっと君はいつしか偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように歴史に名を残すような素晴らしいメイジにね。僕はそう予感している」 ワルドは熱っぽい口調でそう言うと、改めてルイズを見つめた。 「この任務が終わったら僕と結婚しよう、ルイズ」 「え…」 いきなりのプロポーズにルイズははっとした顔になった。 「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりは無い。いずれは国を…いや、ハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」 「で、でも…」 「でも、なんだい?」 「わ、わたし…まだ…」 「もう子供じゃない。君は十六だ。自分のことは自分で決められる年齢だし、父上だって許して下さってる。確かにずっとほったらかしだった。婚約者だなんて言えた義理じゃない事も重々承知している。でもルイズ、僕には君が必要なんだ」 「でも…まだ私はあなたに釣り合うような立派なメイジじゃないし…もっともっと修行して…」 ルイズは俯いた。 「…君がそう考えているなら仕方が無い。その気持ちはよくわかる。取り消そう。今返事をくれとは言わないよ。君が君の言う『立派なメイジ』になるまで待とうじゃないか。」 ルイズは頷いた。 「それじゃあもう寝ようか。疲れただろう」 それからワルドはルイズに近づき、唇を合わせようとした。 ルイズの体が一瞬強張る。それから、すっとワルドを押し戻した。 「ルイズ?」 「ごめん、でも、なんか、その…」 ルイズはもじもじとしてワルドを見つめた。ワルドは苦笑いを浮かべて首を振った。 「急がないよ。僕は」 ルイズは再び俯いた。 こんなに優しくて、凛々しい、あの憧れだったワルドの気持ちはもの凄く嬉しい。 だけど気にかかるのはポルナレフのことだった。 使い魔とは言え人間、それも男なのだ。ワルドと結婚しても連れていけるのだろうか。それは出来ない気がした。 異世界から来たあいつはほっぽりだされた後、生きていく宛はあるんだろうか あのメイドや学院の使用人達、あるいはキュルケが世話してくれるだろうか?でも、呼び出したからには帰る方法を一緒に探してやる義務があるんじゃないか。それを無視するのは… そのような思いがルイズの心を前に歩かせないのだった。 翌日、ポルナレフは見知らぬ部屋のベッドの上で目覚めた。隣にはギーシュが寝ていた。 ぼやーとした頭で何処だここは?と思っているとドアがノックされた。 ふらふらした足取りでドアに向かい、鍵を外してドアを開けるとワルドが立っていた。 「おはよう。使い魔くん」 「…おはよう。 おお、そうだ。昨日は結局どうなったのか教えてくれないか?酒を飲んでたから全く聞いてなくてな…」 「ああ。まず出発は明日の朝だよ。明日じゃないと船が出ないらしくてね。」 「ほう…じゃあ今日は暇な訳だ」 ワルドが頷いた。 「そういうことだ。ところで君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」 「あ?」 「いや、フーケを尋問した時君の名前が出て来てね…きみに興味を抱き王立図書館で調べたんだよ。その結果『ガンダールヴ』にたどり着いた」 ポルナレフは二日酔いで頭がぼんやりしていてワルドが何を言いたいのか分からなかった。 「あの『土くれ』を捕まえた腕がどのぐらいのものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」 「手合わせ…」 「分かってるとは思うが、これさ」 ワルドは腰に差した杖を引き抜いた。 「もちろん二日酔いを治す薬は持って来ているよ。ほら。」 ワルドはポルナレフに透明な液体が入っている小瓶を投げて寄越した。 「引き受けてくれるね?」 「断る」「は?」 「手合わせなどやって怪我したりして明日からに響いたらどうするつもりだ」 ポルナレフはそう言うとドアを閉めた。ベッドの方を見るとギーシュがいつの間にか起きていて、こっちをじっと見ていた。 「…なんで断ったんだい?」「任務中だからな。仕方ないだろう」 「そうじゃないだろ?本当の理由は」「…どういう事だ」 「君と一度やりあったからね。何となく分かるんだ。君が今断ったのは心の深いところからやりたくないからじゃないか、てね」 「…気付いていたのか、小僧」 「で、何でなんだい?僕の申し入れは受けたのに」 「それは…もう戦いから身を退くことを決めたからだ。」 「身を退く?」 「ああ…ルイズにはまだ言ってないが、この任務が終わり次第、俺は隠者のような生活をしようと考えている」 ポルナレフは静かに続けた。「戦う理由が…因縁が…俺には無いからな…」 バキィ! ギーシュは魔法を使わず、素手でポルナレフを殴った。「な…!?」 「君は…!君は…!いつの間に誇りも主人も平気で捨ててしまうような屑みたいな人間になったんだ!因縁が無いから使い魔をやめるのかい!?」 怒りで声が震えていた。 「僕は…あの時君から言われた事を覚えている……『誇り高い男に月桂樹の冠を送る』と君は言った! 僕は…君を尊敬した!月桂樹を身につけなかったのは君にまだ劣っていると考えていたからだ!いつか…君に追い付いた時に堂々と身につけようと考えていた!なのに…君は…!」 ギーシュは鞄から月桂樹の花を取り出すとポルナレフに投げ付けた。 「君みたいな男にこんなもの貰うなんてむしろ恥だ!!」 そう言うとギーシュは扉を荒々しく開けて出ていった。部屋には呆然と床に座り込んだポルナレフだけが残されていた。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1213.html
その夜 「ま、こんなもんだろうな」 そう言って指差すのは、チェストに入っていた銅貨と色あせた装飾品だ。 元々、この手の事には期待していなかっただけに、この結果でも特に気にはならないが、ルイズは別だ。 「このガラクタが『ブリーンシンガメル』ってんじゃあないでしょうねぇ~~?」 それにキュルケは答えず、爪の手入れをしている。もちろん沸点が低いルイズだ、今にもキレそうである。 「これで7件目よ!インチキ地図ばかりじゃない!」 「言ったじゃない『中』には本物があるかもしれないって」 「そう簡単に栄光が掴めりゃあ、誰も苦労しねーよ」 「もう学院に戻らない…?色々あるだろうし」 まぁ、からっきし浮かんでこない詔のせいなのだが、そろそろ本気で考えねばヤバいのだ。 さすがに沈黙が流れるが、それを打ち払ったのはシエスタの明るい声だ。 「みなさーん、お食事ができましたよー!」 シエスタが、火にかけた鍋からシチューをよそって、めいめいに配り始めた。いい匂いが鼻を刺激する。 「美味しい…これなんのお肉なの?」 ルイズが一口食べて呟いた。はっきり言えば何か悔しかったが、この味はその感情を軽く上回ったため声にも、表情にも出さない。 だが、それを見ていたシエスタが微笑みながらスタンド使いもブッ飛ぶような事を言った。 「オーク鬼のお肉ですわ」 瞬間、プロシュートを除いた全員の動きが止まる。 貴族という意地と根性で吐くには至らないが、唖然としている。 「じょ、冗談です! 本当は野うさぎです! 罠を仕掛けて捕まえたんです!」 「オーク鬼を倒したばかりなんだから…そういう冗談は止めて…ていうか何であんたはノーリアクションなのよ!」 「豚みてーなもんだろ?」 気にした様子もなく平然と答える姿に、予想以上の反応にちょっとテンパっているシエスタを除いた全員が同じ思考になった。 ( ( (そりゃあ、はしばみ草が食べられるわけね) ) ) 「驚かせないでよね…でも、あなた器用ね。こうやって森にあるもので、美味しいものを作っちゃうんだから」 「田舎育ちですから」 「ハーブの使い方が独特で珍しいわ。知らない野菜もたくさん入ってるし」 「わたしの村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです 父から作り方を教わったんです。食べられる山菜や、木の根や…父はひいおじいちゃんから教わったそうです。今ではわたしの村の名物なんですよ」 今のところ成果『ゼロ』だったが、美味しい食事のおかげで座は和んだ。 正直、シエスタが居なければ、何かこう色々修羅場になっていたかもしれない。爆発とかで。 全員の食事が終わり、安穏とした空気が流れるがルイズが思い出したかのように言った。 「そろそろ、説明してくれない?あの力を」 「そうだな」 ザザッ!と全員の視線がプロシュートに集まるとスタンド能力の事を説明する。 「まず、これは『スタンド』っつー能力だ。基本的に、スタンドはスタンドでしか干渉する事はできないし、スタンド使いでないと見ることもできない こっちで言うなら、スタンドが魔法に干渉できるが、魔法はスタンドに干渉できないって事だ。衝撃は受けるし、氷とかの実体のあるものしか受けれないがな」 「魔法みたいなものね」 「似て異なるな。スタンドが傷付けば本体も傷付く。それに魔法みたいに汎用性があるもんじゃねぇ。基本的に一人一能力だ」 「つまり…ドットって事?」 「口で説明すると難しいな。汎用性が無い分、能力的に特化したものが多い。 空気そのものを凍らせたり、対象を小さくしたり…鏡の中の世界を作っちまうヤツだっている」 こちらに来る事は無いと思いチームの仲間の能力を話すが、その話している時の顔はどちらかというと笑顔だった。まぁよ~く見ないと分からないだろうが。 「ん~~、つまり火系統しか使えないけど、その能力だけならスクウェアクラスより上って事でいいの?」 「まぁ、そう思ってくれていい」 「…治す力はある?」 「少なくともオレの知る限りでは、そんなのはいねぇな。どいつもこいつも戦闘向きな能力ばかりだ」 「…そう」 残念そうに、タバサが呟くが話を続ける。 「それで、こいつが重要なんだが…スタンド能力は、この世界のもんじゃあねぇ」 ルイズは知っていたが、他は知らない。 「ウソでしょ!?……ってウソは言ってない目ね」 「破壊の杖だったか。少しばかり古いもんだったがアレもオレんとこの世界の兵器だ」 シエスタ以外の全員が破壊の杖の威力を思い出す。あの爆発はルイズのそれを軽く凌駕していた。 「まぁオレだって、オメーらのうち誰か一人がイタリアに来て 魔法が使えるとか言ったら『イカれてるのか?』としか思えねぇからな。信じる信じないは勝手だ」 「い、いえ!信じます!信じますけど…」 シエスタが途中まで言って口を閉じた。違う世界ということは帰ってしまえば二度と会えないかもしれないという事だ。 タバサも内心ショックを受けている。 異世界の能力という事は治す力があってもそれに頼ることはできない。期待があっただけに、反動も大きかった。 「スタンドって見えないの?」 「物質と一体化してるヤツなら見えるが…それ以外は無理だな。直接じゃなくていいなら見る方法も無い事は無いが」 満場一致で『見せて』という事になり準備をする。 「土を粘土なんかにして、これで見えるの?」 しばらく黙って見てると、粘土に変化が現れた。 ズムゥゥ、と音がして粘土が押され何かの、人型が出来てくる。 ぶっちゃけタバサの顔が青い。 粘土に完全にグレイトフル・デッドの形が浮かび上がるが 人型スタンドの中でもキモイというかグロいというかモンスター的な形をしているため皆さん引いているご様子。 「……ななな、なによこれ!どう見てもお化けじゃない!この4本の触手は何!?なんで眼がこんなにあるのよ!!」 「両手使う時はそれで支えてんだよ。眼は広域老化やってる時にそこから老化させるガスみてーなのが出る」 「…こ、こんなのが近くにいたのに気付かなかったなんて」 「み、見た目は怖いですけど、プロシュートさんが使ってるならへ、平気です!」 「……ぃ……ぁ…」 何かもう、タバサの様子が色々尋常じゃない。 「…ちょっと、タバサ大丈夫?」 キュルケの問いに辛うじて頷くが、ルイズがトドメを刺した。 「…ねぇ、今それどこに居るの?」 「そこだな」 そう言って指差すのはタバサの目の前の地面。別に意図してやったわけではないが、座っている位置が悪かった。 「…………」 「…タバサ?……寝ちゃったみたいね」 気絶したのだが、絶妙な勘違いをしたキュルケによって彼女の名誉は辛うじて保たれた。 気絶したタバサを置いてキュルケが地図を広げた。 「で、次はどれやるんだ?」 「諦めて帰らない…?」 「あと、一件だけよ。これでダメだったら学院に帰ろうじゃないの。お宝の名前は…『竜の羽衣』ね」 「そ、それホントですか!?」 「知ってるの?場所はタルブの村の近くね」 「タルブ?…確かラ・ロシェールの向こうでシエスタの故郷じゃあなかったか」 「そ、そうです…」 『それ』は森の中をゆっくりと動いていた。 他の生物からすれば脆弱な存在だったはずだが、『それ』はまだ生き延びていた。 一匹の獣が、動く『それ』に襲い掛かる。 体格的にも相手の動きの鈍さからしても、獣に軍配が上がるはずだった。 シパーーz__ン そんな音が森の中に鳴り響くと獣がもがき始めた。 シパン!シパン!シパン!シパパ! その音がしたかと思うと獣は跡形も無く『消えて』いた。 「指令……何…す…?…ロ……」 本能で誰かに問うがやはり答えは返ってこない。 だが、唯一、一つだけ思い出した。 「了……捕…えま……。?…誰…捕ま…るん…す…?メ………」 「………ネ。誰……か?……すか?…で…か?」 返事は返ってこないがゆっくりと進む中、『それ』は村を見付け、とりあえず本能に従い指令を遂行する事に決めた。 翌朝、一向は風竜の上でシエスタの説明を受けていた。 要領を得ない説明だったが、とにかく、村の近くに寺院があり、そこに『竜の羽衣』と呼ばれるモノが存在しているということ。 「どうして『竜の羽衣』って呼ばれてるの?」 「それを纏った者は空を飛べるらしいんです」 「空?…オメーら確か…『フライ』っつーんだったか。アレで飛べるんじゃあなかったか?」 「平民でも飛べる風系のマジックアイテムかしら?」 「そんな…大したものじゃありません……インチキなんですよ。 どこにでもあるような、名ばかりの秘法なんです。でも地元の皆はとてもありがたがって…寺院に飾ってるし、拝んでるおばあちゃんまでいるんです」 「まぁ見てみねぇ事には分からないからな」 「実は……、それの持ち主、わたしのひいおじいちゃんだったんです。 ある日、ふらりとわたし村に現れたそうです。その『竜の羽衣』で東の地からわたしの村にやってきたって、皆に言ったそうです」 (東…?ロバ・アル・カイリエってとこからか…?) 「凄いじゃないの」 キュルケが驚いたように答えるがシエスタの返事は暗めだ。 「でも、誰も信じなかったんです。ひいおじいちゃんは、頭がおかしかったんだって、皆言ってました」 「どうして?」 「誰かがそれで飛んでみろって言ったんですけど、飛べなかったんです。色々言い訳してたらしいんですけど誰も信じなくって おまけに『もう飛べない』と言って、わたしの村に住み着いちゃって 一生懸命働いてその皆でお金を作って、貴族にお願いして『竜の羽衣』に『固定化』の呪文までかけてもらったそうです」 「変わり者だったのね。さぞかし家族の人は苦労したでしょうに」 「その件以外では、働き者の良い人だったんで、村の人たちにも好かれたそうです」 「価値観ってのは人によって違うからな。 オメーらが最初ルイズの爆発を失敗って言ってたが、オレに言わせりゃあ十分実戦向きだぜ。それを見てみねぇ事には分からないが…問題は村の名物って事か」 「そうそう、わたしが『ゼロ』……ってなに言わせんのよーーーーー!!」 「でも……わたしの家の私物みたいなものだし……プロシュートさんがもし、欲しいって言うのなら、父に掛け合ってみます」 ルイズのノリ突っ込みを後にシルフィードがタルブの村へと向かった。 一向がタルブ村に着いたが、異変に気付いた。村に『誰も』居ないのである。 「誰も居ないなんて妙ね…」 「そんな…!父様!母様!」 シエスタが叫びながら家の中に入るがやはり誰も居ない。 残りも家の中に入るが、シエスタの顔はやはり暗い。 「…誰か居た?」 「いえ…誰も…」 村に誰も居ないという事が妙だった。 オーク鬼などの怪物に襲われて逃げたというのなら分からないでもないが、この場合そのような痕跡が一切無い。 とりあえず、家の中を捜してみるが、タバサがある事に気付いた。 「…まだ温かい」 そう言って指差すのは、鍋の中のヨシェナヴェだった。 「ホントね…火は燃え尽きて消えてるみたいだけど…」 「普通に生活してた状態から急に居なくなったって事?」 「……どうして」 「とにかく他も手分けして捜してみましょう」 プロシュート、タバサ、シエスタとキュルケ、ルイズに別れ他を捜し始める。 だが、どの家にも人の気配すら無い。 一旦外に出るとシエスタが泣きはじめた。 そりゃあ久しぶりに帰って誰も居なかったら泣きたくもなる。酒がそこにあれば多分直に飲んでる。 「えぐっ…!……皆どこに行ったんでしょうか」 「…生活観丸出しのまま消えてるってのが妙だな。襲撃を受けた跡すら残ってねぇ」 「二人を呼んでくる」 「そうだな。状況が分からない以上分散するのはヤバイ」 二人が居る家の中に入るタバサを見て、どう言ったもんかとシエスタの方を見るが、そのシエスタが居なかった。 「…どこ行った?シエスタ」 辺りを見回すが、シエスタの姿は無い。 だが、さっきまで閉まっていたはずの家の扉が開いていたので、中を覗くと驚くべきものを見る事になった。 スパン!スパン!グチャグチャグチュ! 「な…ッ!バカな…ッ!!こいつは…この能力は……ッ!!」 油断があったわけではないが、別世界という事で『スタンド使い』が居るという可能性を除外していた。 「こいつは…!何故…『ここ』に…!ベイビィ・フェイスの『息子』がッ!!」 言い終えると同時にシエスタを完全に家に同化させると途切れ途切れの声がどこからか聞こえてきた。 「家…出口…もう…人『人間』が……す。知…ない顔…すが指令ど…り捕獲……す」 「…ッ!ここに居るのはヤバイッ!!」 全力で後ろに飛びのくが、一瞬早く両脚を家の壁に同化された 「うぉぉぉぉぉぉ!」 そのまま、全身を同化されるかと思った瞬間、氷の塊が飛来し、それを防ぐ。 「あああ、脚…脚が…!」 「ちょっと…大丈夫なの!?」 さすがに、両脚を失っているプロシュートを見て焦るが、本人はまだ冷静なラインを保っている。 「問題ねー。だがヤバイ状況には変わりないッ! スデにシエスタがやられたが…まだ生きている。オレの脚も一応は繋がっているが…動けねぇな」 「どういう事…!?」 「こいつは…スタンドだ。名はベイビィ・フェイス。『生物を物質に組み替える』能力だ…! 物質と一体化しているタイプだから見る事は可能だが、物に擬態しているから、迂闊に近付くと瞬時に分解される…!」 「ぶ、分解って…」 「見てのとおりだ…こいつはオレの脚を壁に同化させてやがる。恐らく村の連中も全員同化させられたんだろうな… どういう訳か知らねぇが、今のこいつには『殺す』という指令は出てないみてーだから全員生きている。ヤバイ事には変わりないがな…!」 そう言いながら、親に毒づく。 「オレの顔を知らないだと…?あのヤロー…育児放棄しやがって…!一発殴るどころじゃあ済まさねぇ…ッ!!」 「そいつの事知ってるの…!?」 「ああ…ディ・モールト知ってる…ッ!こいつは、自我を持ったゴーレムみてーなもんだ。 老化は期待できねぇし、単純な攻撃も自分を分解してかわすからな…厄介だぜ…こいつはよォーーー!」 「知ら…い顔の人……三人…増え……た。………ネ、指令…くだ…い。……ー…?どう…ま…たか?…う…した…?ど…しま……か?」 (…妙だな。メローネが『ここ』に居るなら指令がハッキリと伝わってるはずだ…こいつの行動…まるで一人歩きしているような…) 「てめー…メローネは何処に居やがるッ…!」 「メロ…ネ…テ誰ダ?…ロ……?答…て……さい。メ………?」 「ちっ!息子だけこっちに来たってわけか?教育もされてねーみたいだし、成長も完全じゃあないようだが…能力だけはしっかり身に付いてやがんな」 「ど、どうすればいいのよ!」 三人が杖を構えているが、迂闊に攻撃できないでいる。 下手に攻撃して建物に同化している村人に当たれば取り返しがつかなくなるからだ。 「こいつは今、本体と切り離されて暴走状態ってとこだな…何時『殺す』っつー風に変わるか分かったもんじゃあないが…不自然な物には近付くなよ…」 ボドォォン!コロコロコロコロコロ 音がすると石が三人に向かって転がってきたが、あからさまに怪しいと思ったのかキュルケとタバサが魔法で攻撃する。 「あたしから行くわよタバサ!」 キュルケが『ファイヤーボール』で石を狙うが石が独りでに分解してそれをかわした。 「やっぱりね…でも!」 分解した石が集合し石に戻った瞬間をタバサが撃ち抜く。 親友だからこそ可能な絶妙な時間差攻撃に石が砕けた。 「やったわねタバサ!」 手を合わせる二人だが、『それ』の性質をよく知っているプロシュートが叫ぶ。 「まだだ!油断するんじゃあねぇ!!」 「油断って…手ごたえはあったわよ?ねぇタバ…!」 「……迂闊だった」 キュルケがタバサを見るが、その頭の位置がいつもの半分ぐらいしかない事に気付いた。 地面から伸びたベイビィ・フェイスがタバサの下半身を分解し地面にバラ撒いている。 「く…こいつ、タバサから離れなさい!!」 ベイビィ・フェイスの居る方の地面に杖を向け『ファイヤーボール』を放つが、さっきと同じだ。即座に分解し今度はキュルケの下半身を分解した。 「う…嘘…こいつ無敵…!?」 「三人…捕ら…した。…り…一人で…。どうし…ま…か?…ロ……」 声が何かに問うが、もちろん返事は無い。 しばらく黙っていたが、変化が訪れた。 「く…この!よくも…!この汚らわしくて気持ち悪い化物め!」 ルイズがそう叫ぶが、それは禁句だ。 「な…バカかオメーはッ!教育もされず成長しきってねぇそいつに、その言葉はヤバイ…!!」 「お母さ……ぼくの…を化…だ……っている『…ら…しく』て『気持ち…い』と罵…て…る…!」 それを聞き焦る。お母さんと呼ばれた事は置いといても、罵倒の類であるから、キレて『殺す』となるのかと思ったのだが…次に現れた言葉は意外だった 「なん…いい『お母…んだ!』」 「だ、誰があんたみたいな化物のお母さんよ!!」 もちろん母体はルイズではないが、記憶が曖昧なベイビィ・フェイスにあの言葉を言えばそう認識させるに十分だった。 その場にディ・モールト!ディーモールト良いぞッ!というような幻聴が聞こえたが、その幻聴を上回る台詞をベイビィ・フェイスが吐いた。 「おな…もす…た…ど……れば…いで…か?」 ズズズズズズゴズズズズズズズズズ とベイビィ・フェイスが地面から現れルイズの方を向く。 その姿は、本来の成体の2/3の大きさでところどころ体のパーツが欠けている。 「飲ま…て!早…飲…し…!」 「の、飲むって何をよ!」 「…ちッ!パーツが欠けてるせいで、教育状態が幼生に戻ってやがるな…!…しかし…ヤバイ!ルイズを母親と思っているってこたぁ…このままだと飲まれるな」 「…飲まれるって…もしかして、こいつ…わたしを飲むの!?」 「ああ、そいつは母体を飲んで成体に成長すんだが…今のそいつは成体の形だが、大きさが普通の2/3しか無くパーツも欠けて幼生と同じ状態と思っていい。分解されたら…」 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ 「確実に飲まれて死ぬな…!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!そんなの絶対いやぁぁぁぁぁああああ!こっちくるなぁぁぁぁぁあああ!!」 だが、悲鳴空しくベイビィ・フェイスがルイズに取り付いた。 「飲…して!早く飲ま…て!!」 「いやぁぁぁぁ!こんなのに、飲まれて死ぬなんて……!」 体の半分を分解されている三人にはどうしようもない。そう思って目を閉じたが、タバサが叫んだ。 「今が好機!」 「他人事だと思ってぇぇぇぇぇぇ!呪ってやるぅぅ!うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」 テンパっているルイズには伝わらなかったようだが、二人は気付いた。 最初の授業で見せたあの光景を。そして三人が同時に同じ事を叫んだ。 「「「爆破しろ(て)!」」」 「ば、爆破って今…!?」 杖を持った方の腕が辛うじて動くのが幸いした。 ピシィッ!ズズッ!ズズッ!ズズズッ! 最速で詠唱ができるコモンマジックを唱えベイビィ・フェイスが分解を初め今にもシパァァァ!され飲まれるより一瞬早く… ルイズが『自爆』した。 正確には、適当な物を至近距離で爆破したからなのだが、爆風にモロに巻き込まれたので自爆と言えなくともない。 三人が思い出したのは初日の授業で、ルイズが石を錬金しようとし シュヴルーズを昏倒させる程の爆発を引き起こしたにも関わらず、ルイズ自身は服が破れ、煤に汚れただけというあまりにも軽い被害だけだった事を。 「爆…ッテ………タイ…ナ…ダ…イギィ…イ…イ」 「ふぅ…どうなる事かと思ったけど、やったわね」 「けほ…今ほど爆発が起こせて良かったと思った事はないわ…」 「逆に考える」 三人が分解されていた体を戻すと、プロシュートはベイビィ・フェイスの残骸の前に立っていた。 「どうするの?これ」 「自動追跡型のスタンドだからな。色々聞きたい事もあるが…この状態じゃあ話してくれねぇだろうしハデに燃やしていいぜ」 「ふっふっふ…それじゃあ、あたしの出番って事ね…!炭も残さないであげるわ…!!」 分解されかかったキュルケさんのテンションゲージがMAXになり人生最大級の火の魔法をベイビィ・フェイスの残骸に向け放った。 「コゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲ…コゲ…ゲ…コ…コゲ………」 「ちったぁ本体も燃えるといいんだがな……」 炎が消えるとベイビフィ・フェイスは文字どおり、この世から『消滅』した。 ベイビィ・フェイス ― ジョルノに燃やされた後、消滅する寸前一部がハルケギニアに呼び出されるも、再び火葬され完全消滅。 ゼロのルイズ ― 危うく飲まれかけるが自爆により生還。被害は服のみ。 タルブ村の村民 ― 捕獲されていただけなので、全員元に戻った。 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1437.html
最近のシエスタは朝ブラック・サバスと一緒に洗濯をすることが日課となっていた。 ブラック・サバスは影の中しか移動できないため、誰かが水汲み場まで一緒に移動してやらないといけないのだ。 別にシエスタがやることではないし、誰に頼まれたわけではないのだが 決闘の日以来、ルイズとブラック・サバスには何かお礼をしなければならないと考えていたので シエスタは自分から進んでこの役目を買って出た。 それでも最初は緊張しっぱなしであったが、さすがに毎朝毎朝いっしょに肩を並べていると慣れてくる。 今では、軽い世間話などしながら作業を進めている。 と言ってもブラック・サバスは何も話さないし、相槌すら打たないのだが。 シエスタの話が一段落するまでその場を離れないところをみると、一応話は聞いてるらしかった。 そういうわけで、今日も日陰になる場所でブラック・サバスを待っていると、背後に気配を感じる。 後ろを向くと、いつも通りの格好で、いつも通り神出鬼没の使い魔がそこに立っていた。 「おはようございます。サバスさん。今日もいい天気ですね」 笑顔でまずは朝の挨拶。いつもならこのまま二人で水汲み場まで歩いていくのだが、その日は違った。 「おでれーた!相棒!おめー朝から人間の娘っ子とデートかよ!」 ……………………しゃべった!!! シエスタはまさに目が点状態でブラック・サバスを見つめる。 しゃべりましたよね!?今なにかフレンドリーに話しかけてきましたよね!? 混乱中のシエスタに助け舟を出したつもりかどうかは分からないが、ブラック・サバスは半開き気味だった口をさらに開ける。 暗闇の中から何か棒状のものが、にゅるにゅると伸びてきて、シエスタの顔の前で止まった。 「落ち着けって!しゃべったのは俺だよ!」 なるほどしゃべったのはブラック・サバスではなくて、剣だったのか。 ……………………剣がしゃべってるーー!!? さらなる混乱におちいるシエスタに、デルフが意気揚々と語りかける。 「誰だ?って聞きた……な表情してるんで自己……させてもらうがよ。俺ぁ……かい焼き……フリンガー 城下町の………からピンクの………の娘っこに買われて…………オーイ」 ブラック・サバスの口から、剣が出たり引っ込んだりしながら話しかけてくる。 剣が口の奥に行ったとき声がくぐもって聞き取りづらい。 …………シエスタはすでに逃げていたので関係なかったが。 「おかしいな相棒。掴みはばっちりだと思ってたんだが、何がいけなかったんだろうな」 デルフは相変わらずピストン運動をしながらブラック・サバスに尋ねた。 (ちくしょう!あのエロジジィ!) ミス・ロングビルはその清楚な顔を怒りで歪ませ、廊下を早歩きで歩いている。 彼女の怒りの理由はもはや常習的になっている、オールド・オスマンからのセクハラ行為に対してだ。 元々彼女がこの由緒正しい名門トリステイン魔法学院の院長秘書というポストに着けたのは、オスマンからのセクハラが原因だ。 学院の宝物庫にあるという「破壊の杖」を頂くために、まず色仕掛けを使ってでも院長に近づくことが先決と考えていが こっちが色仕掛けをする前に、向こうから尻を触ってきたのは誤算だった。 秘書になってからというもの、毎日毎日尻を触られ、胸を揉まれ、部屋を覗かれ、下着を覗かれetcetc…… さすがに我慢の限界だった。 すでに宝物庫の壁が物理的な衝撃に弱いという情報は、ハゲから得ている。 後は実行に移すだけだが、ここで焦っては元も子もない。 せっかくここまで屈辱に耐えてきたのだ、絶対に成功させなくてはならない……! そんなことを考えながら歩いていると、前方から声が聞こえてくる。 「どうした相棒?なんで止まるんだ?……あぁ影が途切れてんのか。 ……そうか、いつもはあのメイドの娘っ子に連れて行ってもらってたんだな」 最初ロングビルは前にいる存在を、黒いマントをしているので2年生のメイジかと思った。 しかし妙だ。マントの色が黒すぎる。似ているが正規のマントではないようだ。 それにさっきから誰としゃべっているのだろうか。それとも独り言か? どちらにしろロングビルは関わりにならないほうがいいと判断する。 遠回りになるが、行きたい場所へはこの道を通らなくても行ける。さっきまで歩いていた道を戻ろうときびすを返し…… 「きゃあ!!!」 悲鳴をあげ、尻餅をつく。 きびすを返した先。さっきまで誰もいなかったはずのそこには、人っぽいなにかが立っていた。 後ろを振り返ると、さっきまでいた黒マントが消えている。あの一瞬で回り込まれたとでもいうのか!? 「チャンスをやろう!」 そう言って手を伸ばしてくるこの存在を、ロングビルは変態だと認識した。 「いや!」 思わず後ずさる。それを見た変態の口が開き、中から棒状の物……正確には剣の柄の部分が出てくる。 「バカ!相棒!そんな言い方じゃあ変態と思われるだろーが!おいねーちゃん頼みがあんだけど…あれ?」 ロングビルは全てを聞く前に行動を開始していた。 盗賊『土くれ』のフーケの最後の切り札。それは『逃げる』!! ロングビルは窓を突き破り、外へと飛び出した。この廊下は2階だったのだが、メイジにとってそれは関係ない。 「レビテーション」を唱え安全に地面に着地するやいなや、一目散に走りだす。 どこでもいい、もうここにはいたくない。こんな学院からさっさと離れてやる! 『土くれ』は今日中にでも破壊の杖を盗み出すことを決意した。 ルイズは中庭で一人作業に没頭していた。 木の棒を十字に組んで、地面に刺す。 横棒の端にシエスタから借りたボロボロの作業用の手袋をはめ 縦棒の先には、布袋に藁を詰めて丸めた物を紐で縛って取り付ける。 そして布袋に簡単な似顔絵を描く。いわゆるカカシという奴だ。 少しマヌケ面になってしまったが、良しとしよう。初めて作った割にはなかなかいい出来だと自画自賛する。 後は使い魔とうるさい剣が来るのを待つだけだ。 ルイズは胸元にある『再点火装置』を握った。 紐を通す穴を錬金で作ってもらい、ネックレスのようにしたのだ。 ついでに固定化もしてもらったので強度も少しあがっている(ギーシュにやらせた)。 「まったく……主人を手伝わないで、またどこかほっつき歩いてんのかしら」 ブツブツと文句を呟く。 最近は言うこと聞くようになったと思ったら、このザマだ。最もあれらがいたとしても、この作業を手伝えると思えないが。 「いたいた。ルイズ!」 聞き覚えのある声。ルイズが後ろを振り向くとキュルケとタバサがこちらに近づいてくる。 「キュルケ……とタバサ……あんたたちなんでここにいるのよ」 心底嫌そうな顔で二人を見る。 この二人とは決闘以来よく会うようになっていた。といってもキュルケとはいつも口喧嘩だし、タバサは何もしゃべらずそこにいるだけだったが。 しかし今は会いたくなかった。というか見られたくなかった。 使い魔と一緒に秘密特訓をする所を見られるなんて誰だって嫌だろう。私だって嫌だ。 というわけでルイズはこの二人になんとか帰ってもらおうと考えていたのだが。 「秘密特訓するんだって?精が出るわね~」 「努力するのはいいこと」 「な!なんであんたたちがそのこと知ってんのよ!!」 思わず声が大きくなる。 キュルケは何でもないような顔をして答えた。 「聞いたの。あんたの使い魔の剣から」 それを聞いたルイズはしばらく固まった後、嘆息をひとつしてうめいた。 「サバス、デルフ……いるんでしょ……出てきなさい」 その言葉に従いキュルケの影からニュッとブラック・サバスが現れる。 「…………まずはあんたたちの言い分を聞きましょうか」 「ここまで来るのに手間取ってたらよー。このねーちゃんが影貸してくれるっていうからホイホイ付いてきてもらったんだわ」 デルフが口の中からカタカタと答える。 「なんでキュルケが特訓のこと知ってんの?」 「それは相棒が」 「サバスがしゃべるわけないでしょ!この馬鹿剣!やっぱあんたなんか買わなかったらよかった!」 剣に怒鳴りつけるルイズに、ブラック・サバスが手を上げる。 まるで、まぁまぁ落ち着いてというジェスチャーのように見えた。偶然だろうが。 「あんたもなんでよりによってキュルケの影に入るのよ!」 使い魔&魔剣のコンビをしかり付ける親友を見ながら、キュルケは苦笑する。 「言ったら手伝ってあげたのに。こんな不細工なカカシまで作っちゃって」 「不細工とはなによ!」 今度はキュルケと始める。タバサはまた長くなりそうだと空を見上げた。二つの月が綺麗に輝いている。 「!!」 経験が生きたのかどうかは分からないが、その気配に最初に気づいたのはタバサだった。 慌てて後ろを振り向く。 それに釣られた残りのメンバーも振り向き……巨大なゴーレムの姿を確認した。 唖然とするこちらの存在に気づかないゴーレムは、塔の壁を派手な音を出しながら殴り始めた。 「な、なにしてんの」 声の震えるルイズに対して、冷静にタバサが答える。 「宝物庫。あれだけ巨大なゴーレムを操れるのはトライアングルクラス」 「泥棒…………で巨大ゴーレムってもしかして………『土くれ』のフーケ!?」 「サバス!」 ルイズはブラック・サバスの口に手を突っ込み、デルフを引き抜いた。 そして鞘から抜き出し、また突っ込む。ただし今度は刃の方が口から飛び出すような向きで。 「特訓の成果を見せる時ね」 「まだなんにもやってねーと思うんだけど」 デルフのつっこみは口の中で空しく響いただけだった。 To Be Continued 。。。。?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2171.html
…朝目覚めて最初に目にするもの、それは枕、布団、ベッドの天蓋部屋の壁だったはずだ。 しかし最近はそれに一つ余計なモノが追加された、それは男子生徒が欲して止まないツェルプストーの寝顔だった。 「はあああああ~……」 「朝からため息なんてついてたら、幸せが逃げちゃうわよ」 ベッドから下りて服を着替え始めた私に、ネグリジェ姿のキュルケがしなだれかかる。 私はひょいと横に移動してそれを避けると、ハーミット・パープルでぐるぐる巻きにして廊下に放り出した。 「ああんもう、乱暴なんだから」 と言ってこちらを見るキュルケの瞳はどこか楽しそうに、そして愉しそうに潤んでいる。 私は開いたままの扉に手を伸ばし、はぁ~~~と長い長いため息をつきながら扉を閉じた。 * 着替えを終えたルイズが寮塔の階段を下りていく、塔の出口に差し掛かったところで、同級生の一人がこちらを見て驚いた顔をしていた。 ルイズの姿を見て、逃げるように本塔へと向かっていく生徒はそれだけではない、同級生の女子生徒のほとんどが、ルイズを見て逃げ出していく。 「まあ、ヴァリエールよ!孕まされるわ!」 誰かのそんな呟きが聞こえてきたので、ルイズはムキになって言い返した。 「誰が孕ますってのよ誰がぁ!」 顔を怒りに赤く染め、肩で息をするルイズの姿は、ある人は怒りに燃えていると判断し、ある者はキュルケに次ぐ獲物を探す獣の目だと評した。 「フーッ、フーッ!もう!なんで私ばっかりこんな目に遭うのよー!」 そんな叫びが朝の魔法学院に轟いた頃、気だるそうに起きてきたキュルケがタバサと挨拶を交わしていた。 「はぁい、タバサ、おはよ」 「……」 タバサと呼ばれた少女は、頷くだけであったが、それで十分な意思疎通が叶っていた。 キュルケはタバサの肩に軽くタッチすると二人並んで本塔の食堂へと向かっていった。 * 「あらルイズったら今日も特等席じゃない」 「………」 ルイズは不機嫌そうな表情を誤魔化すことなくキュルケを見た。 キュルケはそれに動じず、ルイズの隣の席に座ると、給仕に「料理をここに」と告げた。 朝食時、キュルケに特等席と揶揄されるルイズの席は、特に決まった場所ではない、周囲に誰も座らないから特等席と言われるだけだ。 キュルケにマッサージ(とルイズは言い張っている)をしたあの日から、キュルケはルイズにつきまとい、ついにはボーイフレンドを全員振ってしまった。 そのせいでルイズはキュルケを手籠めにしたとか、お姉様とかヘタレ責めとか言われるようになってしまった。 何度それは誤解だ、事故だと弁解しても、特定の男になびかないキュルケを落としたという事実はことのほか強い印象を植え付けたらしく、最近では放課後に人気のない食堂に呼び出され女子生徒から告白されそうにもなった。 ふとルイズが顔を上げると、向かい側の席に青い髪の少女が座った。 確かキュルケの友達で、名はタバサ。火のトライアングルであるキュルケとは対照的な、水と風のトライアングル、学院生徒の中でもかなり実力がある…らしい。 「…教えて」 「え?」 タバサは普段無口で、本ばかりを読んでいる。 喋る所など見たことのないルイズは、目の前の少女が珍しく口を開いた事実に驚いて、間抜けな声を上げてしまった。 「キュルケに…何をしたの?」 「えーと…」 純粋な疑問だった。ツェルプストー家とヴァリエール家は国境を挟んで隣同士、おかげで戦争が起こると両家はかならず激突している。 何百年にもわたる因縁を持った二家が仲良くなることなど、とても考えられないかったし、問題になりそうなキュルケの男遊びを、どんな形であれ止めてくれたことに感謝していた。 しかしタバサは普段から口数が少なく、口べたである。 彼女の身体に染みついた口調は、事務的な受け答えか、戦いで鍛えられた威圧的なしゃべり方のどちらかに限られていた。 「……何をしたの?」 「あのー、事故というか、その…」 威圧的なタバサの言葉と、困り顔のルイズを見た周囲は 「痴話喧嘩だ」とか「ルイズとタバサが女を取り合ってる」 などとささやき始めた。 キュルケは嬉しそうに、胸の前で腕を交差させて自分の身体を抱きしめ、うふふと笑みを浮かべる。 そろそろ二つ名が『ゼロ』から『工口』に突入しそうな勢いであった。 * 魔法学院の夜は早い、夜更かしする者はそれなりに周囲に気を配って夜更かしをするので、魔法学院の夜は比較的早く訪れる。 この日は、学院の外に一人の少女が出歩いていた。 「えーい!」 まるで空を飛ぶような跳躍を見せ、魔法学院の外壁を飛び越えたルイズは、ハーミット・パープルを壁面にめり込ませて勢いを殺し、ヴェストリの広場に着地した。 「ふーっ、凄いわ、凄いわ」 ルイズが両拳を握りしめて、自分の身体の変化を喜ぶと、背中に背負われたデルフリンガーから話しかけられた。 『どうだい、それが『使い手』の力よ。でもあんまり使いすぎるなよ、その分早く疲れちまう』 「うん。解ってるわよ」 ルイズは短く答えると、デルフリンガーに伸ばしていたハーミット・パープルを消した。 すると、羽のように軽かったからだが重く感じられ、足にも疲労感が襲いかかってきたが、高揚感がそれを打ち消してくれた。 ルイズは早馬と同じかそれ以上の早さで外周を駆け抜け、外壁を飛び越えたのだ。 ルイズの夢は『自力で空を飛ぶ』ことだった。それはメイジの持つ夢ではなく平民が抱く夢だと言われてきた。 デルフリンガーにハーミット・パープルを巻き付けることで得られる不可思議な力で、塀を跳び越えただけなのだが、形は違えども『自力で空を飛ぶ』メイジに一歩近づけた気がした。 「でも、やっぱり普通の魔法も使いたいな」 『そりゃー贅沢ってもんだぜ、何でもかんでもすぐに使えると思ったら大間違いさ』 「なによ、私だって……私だって頑張ってるんだから」 頬を膨らませてデルフに言い返すと、ルイズは懐から杖を取り出した。 そして左手からハーミット・パープルを出現させてデルフリンガーの柄に巻き付ける。 「もう一回、今日は魔法の練習もするわよ」 『あいよー』 ルイズの左手に浮かんだルーンが輝くと、ルイズは地面を蹴って、塀の上に飛び乗った。 「はあ…」 『どうした?』 「ううん、なんでもない」 塀の上から見る、月明かりの草原は、寮塔の窓から見た景色と違いはない。 マンティコアの背に乗って、もっと高いところから地面を見下ろしたこともある、けれども自分で空を飛び、草原を見下ろすことなど今までに一度も無かった。 満面の笑みを浮かべ、ルイズは右手に持った杖を高く掲げる。 「なんでもないわ!じゃあ行くわよ。”イル・フル・デラ・ソル・ウインデ”!」 高揚感と共にフライの呪文を詠唱し、杖を持つ手に力を込めたルイズの期待は、真後ろからの爆発音で裏切られた。 どぉぉん、という音が鳴り響いたのは魔法学院本塔の中央部分であった、そのあたりには宝物庫があり、特に強固に作られている。 「……やっちゃった」 『……やっちまったな』 外壁の上で呆然としていたルイズは、月明かりに照らされた本塔の壁を見て仰天した、影ができているのだ、本塔の壁に模様などありはしない。 つまりそれは、亀裂のような形をした影ではなく、亀裂そのものであった。 「どっ、どうしよう?」 『どうしようって…言い逃れできねーだろ、こんな派手にやっちゃ』 「でもっ、でも……(……)……え?」 不意に、ルイズの脳裏に言葉が浮かんだ。それは根本的な解決にはならないが、今のルイズに洗濯できる唯一の行動でもあった。 『嬢ちゃん?』 急に黙ったルイズを心配してか、デルフリンガーが声をかける。 「デルフ、いい案があるわ。ヴァリエール家に伝わる伝統的な方法…それは!」 『それは?』 「逃げるのよーーーーーーーーーっ!」 るいずは にげだした! * 「って何であたしが逃げるなんて真似しなきゃいけないのよ!貴族は背中を見せちゃいけないのよ!」 数分前まで、学院から離れようと一目散に草原を駆け抜ていたルイズは、自分の行いに後悔しつつ魔法学院へと戻っていった。 早馬よりも速く逃げたルイズは、これまた早馬よりも速く戻ってきたのだ。 「ああもうどうしよう弁償かなお母様に怒られるかな…」 走りながら、絶望的な未来を想像するという、器用な真似をしているルイズは、魔法学院の壁を乗り越えた巨大なゴーレムの姿に気が付かなかった。 『前!嬢ちゃん!前!前!』 「え? うきゃあああああー!?」 ずしん!という振動が足に伝わる。 ルイズの目前に、高さ30メイルはあろうかという巨大ゴーレムの足が踏み降ろされた。 急には止まれないのか、そのまま足に体当たりしそうなルイズは、あられもない叫び声を上げながら、その場でジャンプした。 「きゃあ!きゃああ!」 『ちゃんと前見ろって!』 ゴーレムの腰あたりに足をつけたルイズは、独りでに動き出したハーミット・パープルによってゴーレムの肩にまで持ち上げられてしった。 ルイズは咄嗟に、この場から距離を取るつもりでゴーレムの肩を蹴り、更に高く跳躍した。 右手から伸びるハーミット・パープルがデルフリンガーを抜き、ゴーレムの肩を豪快に切り裂いた、それによってゴーレムの片腕がズドンと音を立てて地面に落ちる。 「ひゃあああああああああああぁぁぁぁ!!?」 しかし当の本人は何が起こったのか解らない、地面に落ちると思いこんで、叫び声を上げたまま何かにぶら下がっていた。 「きゃあああああ…あぁぁぁ…あれ?」 『嬢ちゃん、上、上』 「上?」 ルイズの身体は宙に浮いていた、もしかして『レビテーション』か『フライ』が咄嗟に発動したのかも!と思ったが、魔法を使った覚えはないのでその可能性は低い。 デルフリンガーの言うとおり上を見ると、そこには風竜に乗ったタバサとキュルケがいた。 「ルイズったらやるじゃない!見てたわよ、今の一撃」 「きゅ、きゅるけ?どうして?」 「ルイズがまた爆発を起こしたと思って外を見たら、ゴーレムが宝物庫を殴りつけてたのが見えたの。驚いて外に出たら、丁度タバサも出てくるところだったから、シルフィードに乗せて貰ったの」 「そうなの…」 ルイズが宙に浮いているのは、キュルケのレビテーションのおかげらしく、ルイズはそのままゆっくりとシルフィードの背に引き上げられていった。 「…土くれのフーケ」 タバサの呟きに、ルイズが驚く。 「あれが?今のが土くれのフーケ?」 「たぶん」 三人が空からゴーレムを見ると、ゴーレムは既に土くれに戻っていた。 宝物庫を見ると、そこにはルイズが開けた穴ではなく、土くれのフーケによって拡張された穴が空いていた。 「魔法学院から堂々と盗むなんて、大胆不敵ね。それともトリステインがだらしないのかしら」 「宝物庫は鋼鉄の壁に、スクウェアの固定化が施されてる。魔法だけで穴を開けたならフーケはスクウェアかもしれない」 「………そ、そうね。フーケはスクウェアかもしれないわね!大胆不敵な希代の大盗賊よ!」 ルイズは穴を開けたのが自分だと気付かれぬためにも、必死でタバサの言葉を肯定した。 しばらくしてから教師陣が様子を見に来ると、ルイズ達は目撃者として事情を聞かれ、翌朝早くオールド・オスマンの元に集められることになった。 * 昨晩、秘宝の『破壊の杖』が、土くれのフーケによって盗まれた、魔法学院は針の巣を突っついたような大騒ぎになり、事態の把握に努めようとした。 だが大なゴーレムが壁を破壊するという、大胆極まりない犯行のため、皆壁に空いた穴を見てあんぐりと口を開けていた。 宝物庫の壁には『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と刻まれており、事態の把握はいつの間にか責任のなすりつけあいになっていた。 当直の教師であるミセス・シュヴルーズが門の詰め所におらず、自室で眠っていたせいだと糾弾された。 しかし、オールド・オスマンが『まともに当直をした教師が何人いるか』と問いただしたところ、皆恥ずかしそうに黙ってしまった。 結局の所皆、さぼりに身に覚えがあるらしい。 「それで目撃したというのは誰かね」 「この三名です」 オールド・オスマンが呟くと、コルベールがキュルケ、ルイズ、タバサを指さす。 学院長室の壁際に立たされた三人に視線が集中した。 「ふむ、君たちか。詳しく説明したまえ」 ルイズが進み出て、緊張した面持ちで答える。 「えっと…夜に魔法の練習をしていたんです。疲れたのでそろそろ終わりにしようと思って、学院に戻ろうとしたところで大きなゴーレムを目撃しました。ゴーレムは魔法学院の壁をまたいで出ようとするところで……危うく踏みつぶされるところでした」 「あら、30メイルはありそうなゴーレムの肩を切り裂いてたじゃない」 「ぐ、偶然よ」 キュルケがルイズを褒めようとするが、それは困る、正直なとろ偶然に過ぎないからだ。 「それで、盗み出した瞬間は目撃できなかったんですけど、その時は既に魔法学院の本塔に大きな穴が空いていました。キュルケはゴーレムの肩に、黒いローブを着たメイジを見たそうなんですけど」 そこまで言ってルイズはキュルケを見た、キュルケはウインクをすると一歩前に出て、自分の見たことを話した。 タバサからも、キュルケとほぼ同じ説明がなされると、説明を静かに聞いていた教師達はにわかにざわめきだした。 「ふーむ。後を遣おうにも、手がかりは無しか……ところでコルベールくん、ミス・ロングビルはどうしたのかね」 「それがその……、朝から姿が見えませんで」 「この非常時に、どこに行ったのじゃ」 「どこなんでしょう?」 と、噂をしていると、学院長室の扉がノックされ、ミス・ロングビルが入室した。 「ミス・ロングビル! この大変な時にどこに行っていたのですか!」 多少興奮した調子のコルベールに、申し訳ありませんと呟くと、こほんと咳をしてオスマンに向き直った。 「申し訳ありません。今朝方の騒ぎで土くれのフーケが宝物を盗んだと聞きまして、何か手がかりはないかと探しておりましたの」 「調査か、うむ。仕事が早いのぅ。ミス・ロングビル」 「それで私は、近隣の農民に聞き込んでみたのですが、朝早く、近くの森に黒いローブを着た男が入っていくのを目撃したというのです、おそらくそれがフーケではないかと思いまして…」 「な、なんですと!」 コルベールが驚くと、周囲の教師達も顔を見合わせて驚いたように何かを呟いていた。 キュルケも記憶と照らし合わせたが、なにぶん暗闇なので情報量が少ない。 「黒づくめのローブ…確かに特徴は似てるけど、タバサ、どう思う?」 「ゴーレムの肩に乗っていたのは確かにローブを着ていた。けど…」 まだ何か言いたげなタバサの台詞を遮って、キュルケが拳を握りしめた。 「…ルイズの玉の肌に傷をつけようとした罰よ…焼き尽くしてやるわ」 ギョッとした顔で教師達がルイズを見る、ルイズは恥ずかしさと緊張で萎縮し、肩を縮こまらせた。 まさかこんな所でキュルケを殴り飛ばすわけにもいかないので、無視することにしたが、誤解はますます広がるばかりであった。 だがオスマン氏は一人、目を鋭くしてミス・ロングビルに尋ねた。 「その場所を調査するか。これは魔法学院全体の責任じゃ。我々の手で事件を解決せねばならん。ミス・ロングビル、その森はどこかね?」 「はい。火の塔から西に徒歩で半日。馬で四時間の場所にあるといったところでしょうか。森の奥には使われていない廃屋と、獣道がいくつかあるそうですが…」 「しかし、我々で行くのは危険です。すぐに王室に報告しましょう、王室の衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」 「ならん!王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうじゃろう、その上身にかかる火の粉も払えんで何が貴族じゃ、これは魔法学院の問題。我らで解決するのが当然じゃ」 コルベールの言葉を聞いたオスマンが、怒鳴り声でその意見を払いのけると、ミス・ロングビルはその時確かに微笑んだ。 ルイズはその微笑みを見て、何かが変だという気がした、そしてもう一つ…今まで思考の隅に追いやっていた、ある考えが頭に浮かんできた。 オスマンが咳払いをし、有志を募るため皆の顔を見渡す。 「では捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」 しかし、誰も杖を掲げないどころか、教師達は困ったように顔を見合わしている。 そしてルイズも違う意味で困っていた。 「フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」 オールド・オスマンの声が響く、それまで俯いていたルイズが杖を抜くと、すっと顔の前に掲げた。 「ミス・ヴァリエール!あなたは生徒ではありませんか。ここ教師に任せ…」 シュヴルーズがルイズを見て驚きの声を上げたが、キュルケがそれを制した。 「お言葉ですがミセス・シュヴルーズ。勇敢なる教師の方々は誰も杖を掲げておりませんわ」 そう言って自身も杖を掲げる。 「ルイズが行くなら、私も行くわよ」 そして更にもう一人、タバサ一言呟いて杖を掲げた。 「心配」 三人が杖を掲げたのを見て、コルベールが驚き声を上げる。 「君たちは生徒じゃないか! ……オールド・オスマン、ここは私が…」 「ほっほっほ!そうか、そうか。では三人に頼むとしようか」 生徒だけでは危険だと主張するはずだったコルベールは、オールド・オスマンの発言に心底驚いていた。 「三名ともよく聞いてくれたまえ。魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」 三人は、真顔になって姿勢を正し、「杖にかけて!」と唱和した。 キュルケはルイズのために。 タバサはキュルケのために。 そしてルイズは、『フーケに爆発の瞬間を見られているかもしれない』と思い、フーケの口を封じるため杖を掲げた。 * さて、三人と、案内役のミス・ロングビルは、準備された馬車に乗って森の中を駆けていた。 馬車は幌の取り払われた、荷車のような馬車で、申し訳程度の座席が設置されている。 襲われた時すぐ飛び出せるようにと、わざわざこの馬車を選んで貰ったのだ。 ルイズは念のためにデルフリンガーを背負ってきている。 案内役のミス・ロングビルが御者を買って出ると、キュルケがそれを不思議に思ったらしく、手綱を引くロングビルに話しかけた。 「ミス・ロングビル。手綱なんて、付き人にやらせればいいじゃないですか」 ロングビルは、にっこりと笑って答える。 「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくした者ですから」 その答えに驚いたのか、キュルケは御者席に身を傾け、話を続けた。 「でも、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」 「オスマン氏は、貴族や平民だということに、あまりこだわらないお方ですから」 更にずい、と身を乗り出し、顔をロングビルに近づけたキュルケは、好奇心を隠さない口調で呟いた。 「差しつかえなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」 ミス・ロングビルは優しい微笑みを浮かべた、遠回しな拒絶の表れであったが、ルイズはその様子に別のものを感じていた。 「キュルケ、やめなさいよ。そんなこと聞くものじゃないわ」 「もう。いいじゃないの。でもルイズに言われたらしょうがないわね」 「ええと…昔のことは根掘り葉掘り聞くものじゃないわ。誰だって言いたくないことぐらい、あるわよ」 ルイズは、以前覗き見したタバサの過去を思い出していた。 それに比べて自分は、宝物庫の壁を破壊したのが自分だとバレたくないがために、フーケの捜索隊に志願している。 自分の矮小さが情けなくなり、ため息をついた。 しかし一つ、気になることがある。 なぜ捜索隊が組まれることになった時、ロングビルが笑ったのか、それがどうしても頭に引っかかる。 ルイズがハーミット・パープルをデルフリンガーに這わすと、デルフリンガーに思考が流れ、デルフリンガーの思考はルイズに流れる、いわゆる『念話』である。 『ねえ…ロングビルって、どう思う?』 『怪しい、怪しいぜ。そもそも朝方偶然フーケを発見したってのが怪しいぜ。あと俺の見立てじゃ、男は女に変身できねえ。女は簡単に男に偽装できる』 『!』 「……まさか」 ルイズは小声で呟くと、頭の中で響いた声に従うように、ハーミット・パープルをロングビルの頭に這わせた。 『まったく土くれのフーケともあろうものが、魔法学院の秘書だなんて、我ながら笑ってしまうねえ』 「おブッ!」 尋常でない咳き込み方をしたルイズ。 それを見て、向かい側に座っていたキュルケが、ルイズの肩を抱きしめた。 「ルイズッ!ちょっと、気持ちが悪くなったの?……まさか、昨日、身体を打ち付けていたんじゃ…だとしたら大変よ!」 「だ、大丈夫、ごほっ、そんなんじゃないから、ちょっと咳き込んだだけ」 「でも…ルイズ、貴方に何かあったら私…私…」 とても以前のキュルケからは考えられない、キュルケはうっすらと目に涙すら浮かべている。 そんなに自分を心配してくれるのかー、あー流されちゃってもいいかなーと考えそうになる頭を振って、キュルケを手を振りほどいた。 「大丈夫よ、大丈夫。緊張してるのよ、わたし」 「本当に?」 「ええ」 ルイズはキュルケを席に着かせると、再度ハーミット・パープルをロングビルの頭に這わせた。 『まったく度胸のない嬢ちゃんだねえ。これじゃ『破壊の杖』の使い方も知らないんじゃ…まあその時は別の生徒を連れ込んで、使い方を聞けばいいさ』 『教師でもいいかねえ、あの頼りなさそうなコルベールとか…でも危険な気もするんだよね。とにかく『破壊の杖』を売る前に使い方ぐらいは知っておかないと……』 ルイズは別の意味で驚いた。 もし、頭に流れ込んでくるロングビルの思考が本物なら、彼女こそが土くれのフーケであり、マジックアイテム『破壊の杖』の使い方を知るためだけに、自分たちを誘い込み、そして殺そうとしているのだ。 『ああ、それにしても……何で壁に穴なんて開いてたんだろうね、私を誘い出す罠?いや、そんなはずは無いさ、魔法学院の教師は無能揃いだし…』 今度は逆に、ほっと胸をなで下ろした。 自分があの穴を開けたのだとバレていない、しかし命の危険が迫っていることに違いはなかった。 ルイズは何とか情報を集めるべく、更にロングビルの思考を読み続けた。 『ティファニア…あんたが私のしていることを知ったら、軽蔑するんだろうね。人間の私が人を殺して金を奪って…ティファニアはハーフエルフなのに誰かが傷つくのを嫌って……』 『孤児院には金が必要なんだ、貴族の粛正で家を失った元貴族や、口減らしで捨てられた子供を育てるには金が必要なんだ』 『だから私は横暴な貴族どもから金を奪ってやるんだ。魔法学院の教師どもはどいつもこいつも屑ばかり、宝物なんて本当に宝の持ち腐れさ!』 「なによ。ルイズ、やっぱり調子悪いんじゃないの」 いつの間にか顔を青くしていたルイズの隣に、キュルケが座る。 「あ…大丈夫。大丈夫よ。平気だから」 かろうじて絞り出した言葉は、いつになく弱々しかった。 ルイズは迷っていた、見たくもない現実を知ってしまった、自分が家族を思うように、タバサが家族を思うように、フーケ…いや、マチルダ・オブ・サウスゴータも家族を思っている。 貴族としてやるべきことは決まっている、フーケを捕らえ、衛兵に引き渡せば良いのだ。 でも、それをしていいのか解らない、なぜ自分が迷っているのかすらわからない。 「どうすればいいの」 ルイズの呟きに、左手の甲に浮かんだルーンが反応した。 『…なるほど、その手があったか』 ルーンが明滅を繰り返した後、唐突にデルフリンガーの思考が流れ込んできた、まるで誰かと会話しているようだった。『デルフ、どうしたの?』 『ああ、ちょっと一芝居思いついたんだ』 『一芝居って、何よ、インテリジェンスソードのくせに』 『まあそう言うなって、嬢ちゃんには悪くない選択肢だぜ。まあ聞いてくれよ。…で嬢ちゃん、悪役になってくれねぇか?』 『は?』 * その後、結局の所四人は無事に『破壊の杖』を取り戻し、魔法学院に帰ってくることができた。 その上『破壊の杖』が使い捨てであるという事実をオマケにして戻ってきたが、オールド・オスマンにとって思い出の品であることに違いはないので、オスマンは満足したらしい。 フーケを倒すことはできなかったが、四人はトリステイン国家が認める勲章が授与されるよう、オールド・オスマンの推薦付きで申請が出されることになったが、一同はそれを辞退。 その代わり、報償を貰うことで話が付いた。 四人は英雄のような扱いを受け、今夜開かれるフリッグの舞踏会で主役になるであろうと言われたが、ルイズは披露を理由に出席を辞退。 キュルケもルイズを看病するという名目で、舞踏会を辞退した。 タバサは主役の一人であるが、ハシバミ草と格闘中のためダンスには誘われない。 ロングビルは、舞踏会が始まる前に何処かへ行ってしまった。 結局、主役不在のまま行われた舞踏会であったが、生徒達は思い思いに踊りを楽しみ、一夜の夢を味わったようだ。 * 「ふぅ」 魔法学院の大浴場で、ため息をついたのはミス・ロングビル。 彼女は昼間の出来事を思い返して、何度目か解らぬため息をついていた。 複数存在する隠れ家のうち、魔法学院に最も近い隠れ家に『破壊の杖』を隠し、生徒達を連れて行くところまで成功した。 しかし、馬車を降り、フーケの隠れ家を遠目で確認した後から記憶がない。 三人の生徒が隠れ家の中を確認している間に、自分は別行動を取り、ゴーレムを作り出して襲うつもりだった。 しかし、突然何者かに首を絞められ、あっけなく気を失ってしまったのだ。 ……そして目が覚めた時、ロングビルは馬車に寝かされていた。 傍らには、ガラクタになった『破壊の杖』が置かれていた。 魔法学院に到着するまでの間、自分が気絶している間に何が起こったのかを聞いた。 小屋の中に突入した三人は、あっけなく破壊の杖を発見。 そして小屋の外に出たところで、ローブ姿の男を発見し、ルイズが『破壊の杖』を向けたところ…ぽん!という音と共に何かが飛び出た。 後は大爆発、破壊の杖に相応しい破壊力だったようだが、それ以降ウンともスンとも言わない、よく見ると半分は詰まっていた中身が、綺麗になくなっており、『杖』は『筒』になっていた。 それから数時間フーケを捜索していると、倒れているロングビルを発見、捜索を切り上げて魔法学院に帰った… ということらしい。 「あー…いまいましいねえ」 報償としてかなりの大金を貰ったが、どこか釈然としない。 また宝物庫を漁る機会ができたと思えば、ラッキーかもしれないが、二度も三度も同じ手が通じるとは思えない。 「頃合いを見計らって、辞めようかねえ…」 魔法学院の本塔を偶然破壊できたことで、セクハラオスマンの鼻をあかせた分、ロングビルの気分は晴れていた。 そして、故郷に残してきた血の繋がらない妹…ティファニアへの仕送りも、恩賞でめどが立った。 「ほんと、忌々しいよ…」 ロングビルの顔は、少しだけ笑っていた。 「ミス・ロングビル?一人ですか?」 浴場の扉が開かれ、中に入ってきたのはルイズだった。 「ミス・ヴァリエール。もうお体の調子はよろしいんですか?」 ロングビルは、先ほどまで殺そうとしていた相手に対し、すぐに猫を被れる自分が恨めしいと思った。 「ええ、もう大丈夫です。それよりもミス・ロングビルに話したいことが…」 「え?」 「その、気絶している間。『ティファニア、ごめんなさい』って…」 「……それは、皆さん、聞いていたんですか」 「いえ、私がミス・ロングビルを見つけた時、そんな寝言を言っていたんです」 「私、他にも何か寝言を言っていませんでしたか?」 そう言いながらロングビルは、浴槽腰掛けたルイズに近寄った、今この浴場は二人きり、他の人は居ない…必要ならこの場でルイズを殺すつもりで近寄った。 「ええと、他には、その……」 昼間、ルイズはデルフリンガーの提示した作戦を実行した。 ロングビルの思考を読んだルイズは、破壊の杖の置き場所から、ロングビルの行動まですべて解っていた。 身を隠そうとしたロングビルを左手のハーミット・パープルで気絶させ、廃屋に侵入し破壊の杖を見つける。 そこにはフーケが使ったローブがあると解っていたので、ハーミット・パープルを使ってさりげなくそれを隠した。 外に出たと同時に、ハーミット・パープルを森の中に這わせて、ローブを揺らす。まるでそこに人がいるかのように… そこでルイズがいつものように魔法を失敗させ、爆発を起こす手はずだったが、なんとルイズには破壊の杖の使い方が解ってしまった。 デルフリンガーが言うには、それが『使い手』の力らしい、ハーミット・パープルの力なのかルーンの力なのか解らないが、面白そうなので破壊の杖を使ってみることにした。 想像を絶する爆発の後、フーケのローブが落ちてきた。 血はどこにも付着していないので、フーケは咄嗟に逃げたと判断して捜索し、頃合いを見亜計らってロングビルを発見する。 後はロングビルを連れ帰り、ティファニア、孤児院などの情報を元に、脅しをかけるつもりだった。 デルフリンガーの言った『悪役』とはこの事だったのだが…… ルイズは怖がっていた。 「それで。私…何か言ってませんでしたか?」 「そのー、えーと…あうー…」 ルイズに、脅迫などできるはずがなかった。 このままだと怪しまれて、ここで殺されてしまうかも知れない、そんなことを考え不安になっていたルイズの脳裏に、ある言葉が浮かんできた。 (………) 「あ!その、『愛していた、寂しい』…って言ってましたわ」 脳裏に浮かんだ言葉の通りに喋ると、ロングビルの態度は一変した。 「……そうですか、私、そんなことを…」 ロングビルの脳裏に、子供の頃から遊んでいた友達や、初恋の人、そして家族の姿が思い浮かぶ。 『なんてこった、あたしは寂しがってたのかい…ごめんねティファニア。私、ずっとあんたを裏切ってるわ。他人を傷つけちゃいけない、そんなことを言っておきながら、私は、私は…』 「ミス・ロングビル…」 そのばで涙を流し崩れ落ちたロングビルを、ルイズはそっと抱きしめた。 「あの、私にはよく分かりませんけど…あの…」 ルイズはこの後「元気になって下さい」とか「頑張ってください」と言うつもりだったが、ルイズが口を開くよりも早くルーンが輝き、ルイズの思考に何かが混ざった。 「あの… 涙なんて流したら美人が台無しよ」 「へ?」 口調が強くなったルイズを、ロングビルが呆れたような顔で見上げる。 「ロングビル…貴方の太もも!うなじ! もうグンパツじゃない!」 「あの、ミス・ヴァリエール?」 「ねえ、ロングビル。ヴァリエール家は悲しい時、代々伝わる方法で慰めるのが常なの………それは」 「それは?」 呆れていたロングビルの身体に、何かが絡みつく。 「!」 不可視の触手に驚いたロングビルは、そのまま体中をがんじがらめにされて湯船に放り込まれた。 「身体で解らせてあげるわーッ!」 「ちょ、やああああああーッ!? あっ」 * 翌日、妙にやつれたルイズが、キュルケを右手に、ロングビルを左手にして食事の席に座っていた。 ルイズの二つ名に『ゼロ』だけでなく『女殺し』が加えられた記念すべき日であった。 「もういやああああああ!」 尚、本人は納得してない。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/285.html
わたしは、自分の部屋で今までの事を振り返っていた わたし達は、フーケを捕まえ無事に破壊の杖を取り戻した 破壊の杖は、どうやらプロシュートの世界から来た物らしい その事から解った事といえば、プロシュートが召喚された以前にも 誰かが異世界から召喚されてしまった事ぐらいで、むこうの世界に帰る 手がかりにはならなかった しかし、何故わたしが異世界からプロシュートを召喚してしまったのだろう? わたしが真面目に考えてる隣では 「ダーリン、今日も素敵よ」 キュルケがプロシュートに迫っていた わたしはキュルケに対し、怒りよりも心配が先に出てしまう 「キュルケ・・・その、彼が怖くないの?」 キュルケをプロシュートから引き離し、耳打ちする 「確かに彼、敵には容赦ないわね、でも『そこにシビれる憧れるぅ』ってやつよ」 何それ? 「彼、敵にはそんなんだけど仲間想いの熱い男に違いないわ、コレ女の勘ね」 なに夢見てんのよ、彼の怖さは・・・わたしは夢を思い出していた 仲間が殺された時の彼の怒りを 仲間の強さを疑わない彼の信頼を 仲間の成長を願い叱る彼の姿を 殺しのイメージが強いが、別に彼は殺人鬼でも快楽殺人者でもない 人を殺す事が出来る『覚悟』を持った人間なんだ わたしは彼のそんな所にばかり気をとられ、今まで気が付かなかった それを、よりにもよってキュルケに指摘されるなんて 「ちょっとルイズ聞いてる?」 いけない、また考え込んでしまった 「聞いてるわ」 「あなた、彼を召喚して悩んでる様だけど、結構似たもの同士だと思うのよね」 「どっ、どこがっ?」 わたしと彼、一体どこが似ているというのかしら? 「自分の理想の姿を貫こうとする所ね。そこん所は私、あなたを認めているのよ」 自分でも顔が熱くなるのが判ってしまった 「今日の所はこれ位にしておいてあげる、じゃあねー」 キュルケが部屋から出て行った・・・まったく、言ってくれるわ・・・ でも・・・わたしの心には、もう迷いが無くなった この使い魔と、これから上手くやっていける わたしの心に爽やかな風が吹き込んだ 偉大なる使い魔 完
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1411.html
トリステイン魔法学院女子寮の一室。机の上に並べられた様々な花や青色の液体が満たされた壜などを 一つ一つ選別して慎重な手つきでフラスコに詰めると呪文を唱え杖を振る。 様々な材料が溶け合いフラスコから仄かな香りが漂い始め、その抽出された液体を小さな壜に移し変えると 手で風を送り、香水の出来を確かめる。 作り出された香りに眉を顰め、壜ごとそれを廃棄してからモンモランシーは溜息を吐いた。 『香水』の二つ名を持つ彼女は日課である香水作りを行っていたのだが、失敗続きに頭を悩ませていた。 何故失敗するのか?その原因を彼女は既に知っている。昨日召喚された使い魔の所為だ。 あの使い魔の仕草や表情を見ると心が弾む。幾ら追い出そうと思ってもあの顔が頭から離れない。 視線を横にずらすとガラスの水槽の向こう側から、一匹の小さなカエルが彼女を覗き込んでいた。 鮮やかな黄色に彩られ、黒い斑点が幾つも散った使い魔のカエルに視線を同調させる。 ロビンと名付けた使い魔の眼には、頬が上気し物思いに耽る一人の少女が映し出されていた。 恋人であるギーシュをの事を思っても、ゲルマニアの女の様にこんなはしたない表情は出さない。 ギーシュの事は好き。浮気性だがそれはポーズであってモテる自分に酔っているに過ぎない。 たとえ相手がアンリエッタ王女であっても必ず自分の下に帰ってくる。そんなギーシュの事が好きだ。 だけど、この気持ちは何なのだろう?召喚の儀式で呼び出されたあの平民を見たとき心臓が高鳴った。 ギーシュの呼びかけにも気付かないくらい夢中になって見てしまった。 人を好きになった事は何度もある。だけどこんな事は初めてで、そんな自分の事が判らなくなった。 『お嬢さん。君は恋をしているね』 「誰?誰か居るの?!」 頭の中に突然響いた声に驚き周りを見渡すも、部屋の中には自分以外には誰も居ない。 とうとう幻聴が聞こえてきたかとモンモランシーは額を押さえて溜息を吐く。 『こっちだよお嬢さん。机の上を見てごらん』 また声が響いた。モンモランシーは言われた通りに机の上を見ると、使い魔のロビンが水槽から出て フラスコに背を預け、器用に腕を組んでこちらを見つめていた。 「あ、あなた喋れたの?!」 『喋る機会がなかったものでね』 ロビンはそう言って肩を竦め、カエルとは思えない態度でモンモランシーの問い掛けに答えた。 気味の悪い色をしたカエルでハズレを引いたと思っていたモンモランシーは素直に驚いた。 知性を持ったカエルなんて聞いた事がない。ロビンが何処から来たのか興味をそそられ聞いてみると、 更に驚くべき事が解った。 「本当にウチの領地に住んでたの!?」 『知らないのも無理はない』 突然変異で知恵を身につけたロビンは、生まれた池を飛び出して見聞を広める為に世界中を旅していた。 そして最後に辿り着いたのがモンモランシー家の領地だった。そこで何年かを過ごし、また旅に出ようとしたときに 目の前に鏡の様な物が現れた。魔法についても学んでいたロビンはそれの正体がメイジが使い魔を召喚する為に 使う魔法と解り、更なる知識を得る為のチャンスと思ってゲートに飛び込んだのだった。 『さて、私の事はこれ位でいいだろう。先程の話しに戻ろうか』 「な、何のことかしら?」 惚けるモンモランシーにロビンは人間の様な仕草でチッチッと指を振って見せる。 『あの人間の事さ。私が思うに一目惚れと言ったところかな?』 「な、なんで私が平民なんて好きにならなきゃいけないのよ!」 『私は一言も平民なんて言ってはいないが?』 ハッと口を噤むがもう遅い。ロビンを見ると手を顎に当て、興味深そうに赤面したモンモランシーを見つめていた。 「別に私が誰を好きになろうとあなたには関係ないでしょ!」 しかし、その言葉にロビンは首を振る。 『私は人間の恋愛感情に興味があってね。多くの動物はより良い種を残す為に優れた特徴を持つ者と交配する。 そう本能で決められている。だが、人間は違う。優秀な者が自分より遥かに劣っている者を選ぶ事が多々ある。 今の君のようにね。何故そうなるのか、私はその理由を知りたいんだ』 モンモランシーは何故か自分の考えを語ったロビンが苦悩している様に思えた。カエルの表情なんて解らないのに。 『それでは行くとするか』 ロビンは机から降りるとピョコピョコと跳ねて部屋の扉まで移動する。 「行くってどこに?」 『決まってるだろう。君の思い人のところだ』 「なな、なにを言ってるの!どうして行かなきゃならないのよ!?」 『ここで悩んでいても仕方がないだろう。どんな男なのか私も見たいしな』 「ひょっとして知らないで言ってたの?!」 『そうだ。そもそも私は今日ここから一歩も外に出てないじゃないか』 カエルは乾燥に弱いと思ったモンモランシーは、昨日の騒ぎで授業もなかったのでロビンを水槽に入れたままに していたことを思い出した。その後、行かないと一点張りだったモンモランシーは上手くロビンに言い包められて、 カエルの癖にと呟きながら渋々といった感じで部屋の外に出たのであった。 ロビンに乗せられたモンモランシーは件の相手の部屋の前で立ち尽くしていた。 ここに来るまでにどうやって話しを切り出そうかと考えを廻らしたのだが、それが拙かった。 考えれば考えるほど心が相手の事で埋め尽くされていく。 そもそもこの気持ちを伝えてどうなると言うのだ。相手と顔を会わせたのは今日が初めてだ。 なのに自分の思いを伝えたら、奇異の眼で見られるか、嫌われる。 嫌われる事だけは避けたい。なんとしても。 いや、どうして思いを伝えようとしているんだ?部屋を出るときは自分の気持ちを確かめるだけの筈だったのに。 自分の心が暴走しているのが判る。落ち着かなければならない。 だけど余り時間を掛けられない。部屋の主とは大して親しくも無いのに、こんな所でウロウロしているのを 他の誰かに見られては大変な事になる。ギーシュを悲しませてしまうかもしれない。 なまじ頭が良いだけに、モンモランシーは思考の泥沼に嵌り身動きが取れなくなっていた。 『お嬢さん入らないのか?まさかここまで来て帰るなんて言わないだろうな』 (判ってるわよ!……ちょっと気持ちを落ち着かせてただけ) ロビンに催促されて意を決し扉をノックする。暫く待ってみたが誰かが出てくる気配はない。 ノブに手を掛けて回してみるとスンナリと回った。悪いと思いつつ扉を開けて部屋を覗いてみると誰もいない。 『留守のようだな』 (そう見たいね) モンモランシーは相手が居なくてホッとすると同時に、顔が見れなくて少し残念な気持ちにもなった。 『仕方ない。出直すとしよう』 (何であなたが仕切ってるのよ。私が御主人様なんだからね、それを忘れちゃダメよ。 それから、私の事はお嬢さんじゃなくてご主人様って呼びなさい。いいわね?) 『判っているさ御主人様』 おどけた感じで答えるロビンに少し腹が立ったが、怒る様なことでもないと自分に言い聞かせ部屋を後にした。 自分の部屋に戻りロビンを水槽に戻した後、モンモランシーは気分を落ち着かせる為に風呂にでも入ろうと 窓の外を眺めながら廊下を歩いていると、中庭に何人かの人影が眼に写った。 「あれってマリコルヌ?それに…」 良く眼を凝らして見てみると、マリコルヌ、トリッシュ、サイトの三人が隠れながら何処かへと向かっていた。 その先にあるのは学院の馬を繋ぎとめている厩舎だ。 気になったモンモランシーは先回りをして厩舎に辿り着き、茂みに身を隠し息を潜めて三人を待ち受けた。 暫く待っていると思った通り三人が現れ、マリコルヌに教えてもらいながら馬に鞍を付け始めた。 (こんな夜更けにどこにいくのかしら?) 馬を使うという事は遠出をするのだろうか?それならどうして見つからない様にするんだろ? それにルイズの使い魔も一緒ってどういうこと? モンモランシーの脳裡に様々な疑問が渦巻くが、一番気になったのは親密そうな二人だった。 「私、馬に乗った事ないんだけど。サイトはある?」 「オレもねえよ」 (なにベタベタしてるのよ!) 元々嫉妬深いモンモランシーは、トリッシュとサイトが仲良さげに話しているのを見て飛び出したくなる衝動に 駆られたが、辛うじてそれを抑えて推移を見守る。 「こうやって鐙に脚を乗せて…」 「クソッ!動くんじゃねえよ!」 「シッ!静かにしなさいよ。見つかるじゃあないの」 トリッシュが嗜められたサイトが馬の乗った彼女を見上げると、腰の辺りにまで入ったスリットから覗く脚に 眼を奪われ鼻の下を伸ばす。その顔を見てモンモランシーの我慢がとうとう限界に達した。 「なに覗いてるのよ!いやらしいわね!!」 声を荒げて茂みから飛び出したモンモランシーに三人の視線が集中する。 「モンモランシー?!どうして君がここに?」 「べっ別に良いじゃない!私がどこに居ようと関係ないでしょ!」 「大アリよ。どうしてこんな所にいるのかしら?」 馬から下りたトリッシュが気モンモランシーの肩を掴み、恩人直伝の嘘を見破る方法を試そうと顔を近づける。 モンモランシーは平静を装いながらも気まずそうに顔を逸らす。 「え…とね。あなた達が隠れながらどこかに行こうとしてたから…ちょっと気なって」 「嘘は吐いてないわね。でも…」 「え?ひゃうっ……あ…」 トリッシュはモンモランシーの汗を見て嘘を吐いていないと確信するが、念の為に味も見ておこうと 頬を伝う汗を舐め取り、その感触にモンモランシーは腰が砕けて尻餅をつき呆然とトリッシュを見上げる。 その頬の色は赤を通り越して紅へと変わっていた。 「この事は誰にも言わないで貰えないかな」 問い掛けに反応せず、呆けた表情でトリッシュを見上げるモンモランシーをマリコルヌは訝む。 そして赤みが差した顔を見てある結論に達したが、その考えを有り得ないと否定する。 「行こうぜ。あんまり時間もないしな」 いつの間にか馬に跨っていたサイトの声でモンモランシーが我に返り、三人を問い詰めた。 最初はみんな口を噤んでいたが、ルイズに知らせると言うとサイトがとうとう口を割った。 「メイドの為に貴族の屋敷に乗り込むって…正気なの?!」 医務室で寝ていたモット伯の看病をしていたシエスタが、彼に見初められて屋敷に連れて行かれた事を マリコルヌから聞いたサイトとトリッシュが連れ戻すと言い出し、止めても聞かないトリッシュを心配して 仕方なくマリコルヌも着いて行くことになった事を、トリッシュの口から聞いたモンモランシーは言葉を失った。 そんな事をしたら平民のサイトとトリッシュは縛り首、貴族のマリコルヌも牢に入れられてしまう。 気を取り直し、モンモランシーがそれを精一杯伝えるが、トリッシュは被りを振る。 「そうね。その通りだと思うわ。けど…やらなくっちゃあいけないのよ」 「自分が何をしようとしているのか解ってるの?!捕まったら死んじゃうのよっ!」 「モット伯が医務室に行ったのは僕たちの責任だからさ」 マリコルヌとトリッシュがモット伯に怪我を負わせなければ、シエスタと出会わなかったと言うのだ。 それはその通りかもしれない。だったら責任は自分にもある。 「判った。用意してくるからちょっと待ってて。私も一緒に行くわ」 そう答え、マリコルヌ達の声を背中に受けながらモンモランシーは部屋に向けて走り出した。 『おやお嬢さん。慌ててどうした?』 ロビンの問い掛けを無視して、モンモランシーは秘薬屋に売る予定だった薬品を鞄に詰め込み 鍵も掛けずに部屋を飛び出した。 (モット伯にもっと強い薬を飲ませておけば、こんな事には成らなかったのに) ある薬を作ろうとしていて偶然できた、短時間だが飲ませればどんな命令でも聞かせることが出来る薬を、 眠るモット伯に飲ませて暴行事件を揉み消したのだが、それがこんな結果に成るなんて考えても見なかった。 「おま…た…せ…」 置いて行かれないか心配だったが、みんなが待っていてくれた事に安堵して厩舎に向かう。 しかし、厩舎には馬が一頭も残っていなかった。 「ど…どうしていないの?」 「それが…さっきオールド・オスマンが最後の馬に乗ってどこかに行ってしまってね」 「そんな…」 「それなら、私と一緒に乗れば良いんじゃあないの?」 トリッシュは手招きして呼び寄せるが、モンモランシーは固まって動こうとしない。 「どうしたの?…ああ、私じゃあ不安なのね」 自分の後ろに乗るのが不安なのだと合点したトリッシュは、馬を下りてモンモランシーに乗る様に促す。 「え、ええ!わたしがまえにのったほうがいいわよね!」 「大丈夫?何だか顔が赤いけど」 「だ、だいじょうぶよ!」 そう言ってモンモランシーは石像の様にギクシャク歩きながら、それでもなんとか馬に跨り、そして、背中に当たる トリッシュの胸の感触にドキドキしながら門に向かって馬を歩かせる。 (まさかな。お嬢さんの思い人が女性だったとは…これは実に!実に面白い!) こっそりとモンモランシーの鞄に忍び込んだロビンは、主人に気付かれない様にひっそりと哄笑した。